47. How You Like Me Now

1.

「待たせてすまなかったね、ボクの愛しい女王様。これでも古ロマリアに命を懸けて勝利の知らせを齎した伝説の伝令兵フィディスもかくやとく駆けつけたつもりだけれど、お叱りはいくらでも受けるよ」

「急にお忍びで来たのはこっちなんだし、少し待たされたくらいで怒ったりしないわよ」

「慈悲深き女王陛下のご寛恕に、この上なき感謝を」

 入室するなりベラベラまくし立て、マグナに呆れた顔を向けられたその男は、優雅に一礼してみせた。

「それに、お忍び! なんとも心躍る、好い響きだね。忍んで逢いに来てくれるほど、こんなボクを頼ってくれるだなんて、望外の喜びだよ」

「ううん、別に頼みたいことがあって来た訳じゃないのよ。ただ、いちおうロランには、話を通しておいた方がいいかと思って」

 マグナの視線を追うように、大ロマリアを治める国王陛下は、一転して生ゴミを見る目つきを下々おれに向けるのだった。

「それは真逆、もう二度とこの目にする機会が無くなったと、ボクがすっかり安心していた、あそこでぼんやりと突っ立っている冴えない男の話じゃないだろうね?」

「自分で答えを言ってるじゃない」

 あっさり頷くマグナに、ロランは二本指で額を押さえて、頭を軽く左右に振ってみせた。

口幅くちはばったいことを申し上げるようだけれどね、我が麗しの女王様。またあの卑怯者を連れ歩くつもりなら、ボクは本当に心の底から大反対だよ」

 ここは、ロマリア王城のとある一室。

 マグナの言葉通り、正式な訪問ではなく裏口から——もちろん、言葉のアヤだが——お忍びで潜り込んだ俺達は、ロランの私室で部屋の主と顔を合わせていた。

 しばらく見ない間に、マグナはロマリア城で働くほとんどの使用人に容姿や立場を認知されており、驚くべきことに此処ここに通されるまでほとんど顔パスだった。

 マグナの顔を知らずに制止した、仕事熱心な新入りの門番が、逆に先達に粗相をたしなめられていたほどだ。

 それどころか、「お忍びだから、あたしが来た事は他言無用でお願いね」とマグナが釘を刺すまでもない様子で、古参の方は訳知り顔で頷いてみせる有様なのだ。

 昔、一緒にこの城に上がった頃とは、色々なことが変わっちまったらしい。

「悪いけど、そのことでロランに意見を求めるつもりはないの。あたしの同行者パーティーについて、あたしが決めたことよ」

「おお、もちろんそうだとも、我が無慈悲なる女王陛下。ただ、御身の心配をさせていただく自由くらいは、この哀れな従僕にも与えて欲しいものだね」

「だから、こうして話を通しに来たんじゃない」

 後が五月蝿うるさそうだから、という続きを、おそらくマグナは飲み込んだ。

 そもそも、ロランはマグナに対して分が悪い。『じゃあ、いいわ。魔王退治なんて、もうやめるから』と言われたら、そこで全てがおしまいだからだ。

 曲がりなりにも一旦は引き受けた事柄を、実際にマグナが途中で投げ出すとは思わないが、本人が積極的に望んでやっているのかといえば、そうじゃないのは普段の態度で丸分かりだからな。

 なので、多少の無茶なら、基本的にロランは呑まざるを得ないのだ。

 つまり、その分のとばっちりは、全部こっちに降りかかるって寸法でして。

 マグナへの反論を諦めたロランは、当然の成り行きとして、ギロリと俺を睨みつけるのだった。

「キミ自身は、どう考えているんだ」

 言外を翻訳すると、「ボクとの約束を忘れたとは言わせないぞ」ってなところか。

「全く、よくもこの場にノコノコと顔を出せたものだな。その厚顔無恥は、感心に値するよ」

 何も答えようとしない俺に苛立ったように、国王陛下は下品にもひとつ舌打ちをした。

「どうした。黙ってないで、なんとか言い訳のひとつでもしてみせたまえ」

「いえ、言い訳などありません」

 俺の返しに、ロランは片眉をぴくりと跳ね上げた。

 言いそびれたが、俺は社長のところで支給——というか、買取させられた、例のとびきり仕立ての良い制服を着ていたりする。

 言わずもがな、俺が持ってる中では一番上等な服だ。

 さらに、仕事の時のように髪型や身嗜みも整え、勤務中を思い出しながら立ち振る舞っているので、以前よりは慇懃無礼に映らない筈だ。

 と思うんだが、所詮は付け焼き刃だからな。内心ヒヤヒヤしながら口を開く。

「ご叱責は覚悟の上で、恥を忍んでお願いにあがりました」

「……フン。キミの恥なんかに、何の価値があるって言うんだ」

「仰る通りです。ですから、私としては陛下のご寛容にお縋りする他ありません」

「——相変わらず小賢しいヤツだ。そんなに下に出られたら、話くらい聞いてやらなくては、まるでボクが悪者みたいじゃないか」

 確かに、そういう計算も皆無とは言わないが、慣れない口をきいてるのは、俺なりの誠意のつもりなんだけどね。

 そもそもこいつは、自分がちょっと勘違いしていることに気付いていない。

 俺は約束を破っちゃいないのだ。言われた通り、ちゃんと一旦はマグナの元を離れた訳だから。そして、再び合流するなとまでは言われていない。

 ま、屁理屈ってことは自覚してますけど。

 ちらりと視線を横に向けると、マグナが信じられない物を見る目つきで俺を睨み付けていた。

 姫さんと同じような反応しやがって。

「よかろう、言ってみたまえ。なにが望みだ。真逆、マグナの元に戻りたいだなんて世迷言じゃないことを期待しているよ」

「少し違います。お願いしたいのは、私の友人についてです」

 案の定、ロランはつまらなそうな顔をした。

「キミの友人のことなんて、それこそボクになんの関わりもないじゃないか。そんな話なら聞かないよ。いちいち細かい陳状に耳を傾けていては、この身が幾つあっても足りやしないからね」

「お言葉ですが、陛下もご存知の人物についてです。彼の名を、ファングと云います」

「ふん?」

 その名を聞いて、ロランは少しだけ興味を惹かれた顔をした。

「二年ほど前に、こちらのロマリアでも魔物討伐に活躍したと聞いていますから、陛下も覚えておいででしょう」

「無論、覚えているさ。彼はキミみたいな男を最も嫌う為人ひととなりをしていたように思うがね。よく友人関係を築けたものだな」

「恥ずかしながら、仰る通りです。当初は互いに煙たがる間柄でしたが、僥倖にも恵まれ友人と呼んで差し支えない関係を築くに至りました。お願いとは、その彼の故郷についてです」

「言われるまでもないね。マグナに依頼した内容とも合致する」

「話が早くて助かります。私は、彼の故郷を魔物から解放する手助けがしたい。その為に、勇者様にご助力いただくことを認めて欲しいのです」

「ちょっと待ちたまえ。そもそもサマンオサ王が魔物だというのは、確定した事実なのか?」

「失礼しました。仰るように、その件については、未だ確証を得てはいません。ですが、ほぼ間違いないだろうという確信を、勇者様と共有しています」

 急に話を振られて目を丸くしながらも、ロランに小さくコクコクと頷いてみせるマグナ。

「とはいえ、根拠は無い訳か。事はそう単純じゃないからね。その状態であまり拙速に動いてもらっても困るな」

 自分はロクな情報も渡せないまま、雑にマグナを送り出した分際で、よく言うぜ。

「ええ、もちろんです。ですから、彼の国王が魔物であると確認する為の方策も、既に手配してあります」

 俺の返しに、ロランは顔を顰めた。

「フン、目処が立っているなら、先に言いたまえよ。どうにもキミは、やっぱり小賢しいな」

「恐れ入ります」

 真面目ぶってこうべを垂れる俺をしばし不機嫌そうに眺め、やがてロランは諦めたように嘆息した。

「この会話の流れを何度頭の中で試行したのか知らないが、こういう人をバカにしたやり方がいつでも上手くいくと思うなよ。気付かれた時点で、キミのやり方を嫌う人も多いことは心しておくのだな」

「ご忠告、痛み入ります。最近、他所でもそれを思い知らされることが多く、心して自分に言い聞かせているところです。今回は矯正が間に合わず、大変失礼しました」

「まぁ、生来の気質が、それほど簡単に変わる筈もあるまいがね」

 俺とロランの会話の流れがイマイチ理解できていないのか、マグナは面白くなさそうに少しムクれていた。

 その後、俺が現在のサマンオサの現状ざっと説明すると、ロランは軽く握った手を口に当ててしばし考え込んだ。

「なるほど……それはちょっと、急いでもらった方がいいかも知れないな」

「同感です」

「すまなかったね。こちらの認識と現地の状況に、想定以上のズレがあったみたいだ」

 ロランが謝ったのは、もちろん俺に対してではなく、マグナに向かってだ。

「ホントにね」

「ごめんよ。その所為で、色々とお手を煩わせてしまったみたいだね。申し開きのしようもないよ」

「だから、言ったでしょ。あたしは最初から、よく分からない人達をゾロゾロ連れ歩くのは嫌だったのよ」

「おお、怒らないでおくれ、ボクの可愛い女王様。ボクら側の都合を押し付けてしまったのは、本当に申し訳なかったと思っているよ」

「あの人達が帰ってきたら、立場が悪くならないように計らってあげてよ。過ぎたことを言っても仕方ないから、それさえ守ってくれたら、他のことはいいわ」

「嗚呼、なんと慈悲深く細やかな心配りなんだろう! まさしく、君こそ人の上に立つべき人物だよ。本当に、いますぐにでもこのロマリアを治めてもらえたら、ボクら臣民はどれほど幸せなことだろう!」

「そういうのいいから、ちゃんと行動で示してね。じゃないと、口ではどう言おうが、ロランはあたしの言うことを一切真面目に聞いてないんだって判断するから」

 にべもないマグナの返しに、ロランの口からとうとう苦笑が漏れた。

「分かったよ、マグナ。仰せのままに。これでいいかい?」

「口約束に終わらないことを期待してるわ」

 念を押すように言い置いて、さらに言葉を継ぐ。

「ホントは、あたしとヴァイスで偉い人達だけでも先に送っちゃえたら良かったんだろうけど、その時はこんなに早くこっちに来るつもりじゃなかったのよ。ただ、向こうサマンオサがいまは色々確認待ちで、思ったより時間が出来たから——」

「こうして、ボクにだけ忍んで逢いに来てくれたんだね。嬉しいよ」

「まぁ、ロランはヴァイスとも知らない仲じゃないしね。だから、他の王様達には、なるべくナイショでよろしくね?」

 マグナがあざとくウィンクしてみせると、ロランは天にも昇るような恍惚とした表情で、ぶるっと身を震わせた。

 あれから何度も顔を合わせているのだろう。ロランの扱いが、昔よりこなれていた。

 俺の視線に気付いたのか、ロランのアホは優越感丸出しの顔つきでニヤニヤ笑う。

 俺の知らない間に親密になったとでも言いたいのかよ。ムカつく顔しやがるぜ。

「さて、彼が言ったように、全ての悪行狼藉は国王に化けていた魔物が為した事だと押し付けられればいいが、正体を暴く準備が整うまで状況が保つかどうか怪しいものだね。本来であれば、こちらから人をやって対応させたいところだが——」

「ロマリアの干渉が表立つことは、陛下もお望みではないでしょう」

 澄ました顔で口を挟んでやると、ロランは忌々しげに俺を睨みつけた。

「キミに言われるまでもなくね。そんなことをしたら、なんの為にこれまで苦労して調整してきたのだか、さっぱり分からなくなってしまうよ」

「え? なんの話?」

 ややピンと来ていないマグナに、ロランは慌てて微笑みかける。

「いや、すまない、こちらの話だよ」

「ですので、陛下。どうぞ、私をお使いください」

 俺の差し出口が助け舟になったことは、さかしいロランには良く理解できた筈だ。

 ロランは醜怪な虫を噛み潰したみたいな、なんとも渋い顔をした。

「……前言撤回だ。ぼんやりしていた昔より、よほど猪口才になったな、キミは」

「ここしばらく、才気煥発な同行者に鍛えられまして」

 グレースには、色んな意味で感謝だな。

「だが、実際にそんなことがキミに出来るっていうのか。サマンオサの国民が暴発しないように抑えるなんて芸当が。彼らが抱いているのは、正当な怒りだぞ」

 俺は自分に出来る限りの真面目な顔をして、顎を引く。

「身命を賭しましても」

 だがロランは、珍妙な猿を見るような目つきを俺に向けるのだった。

「……キミ、そんなこと言うヤツだったか? 似合わないことをするんじゃないよ、胡散臭い」

 なんて失礼なヤツだ。俺だって、真面目になる時くらいあるっての。

「それほど、本気だとお考えください」

「フン、口でならなんとでも言えるさ。具体的な手立てはあるのか」

「端緒は掴んでおります。現地住人の協力を得て、最も行動を起こす蓋然性のある組織に、既に接触済みです」

「もう仕込みは済んでるって訳か」

「はい。ですので、いまから他の誰かに任せるよりは、時間も手間も取らせません。どうぞ、便利にお使いください」

 ロランは、なんともいえない微妙な表情に顔を歪ませた。

「フン、本当になにもかも全てが気に喰わないな……だが、驚くべきことに、キミを利用してやるのが一番マシだと、このボクが判断しかけているようだ」

「ありがとうございます」

「だから、相手の逃げ道を塞いで追い詰めるような、こういうやり方は止せと言っているんだ。いつか、手痛いしっぺ返しをくらうぞ」

「お言葉、身に沁みます。ですが、浅学非才のこの身には、いまはまだ小賢しく立ち回る以外の方法を思いつきませんでした」

「勘違いするなよ。誰がキミの心配などするもんか。キミなんかいくらでも手酷い火傷を負うがいいさ。だが、それがマグナに飛び火することだけは、看過できないんだよ、このボクは」

「心得ております。その点を最優先に配慮するつもりです」

「どうだかね。キミが実はウカツなヤツであることなど、ボクにはとうにお見通しだよ」

「ご慧眼、恐れ入ります。この上は、信頼していただけるよう、言葉ではなく行動で尽くす他ありません」

 マズい、そろそろボロが出ないように喋るのも限界になってきた——いや、最初から出っぱなしな気もするけどさ。

 という内心をおくびにも出さないように気をつけながら、余裕ぶって突っ立っていると、ありがたいことにロランが悔しそうな顔をしてくれた。

「……キミがマグナと行動を共にするのは、今回のサマンオサで最後だと思っていいだろうな? その確約がなければ、とても認められないぞ」

「申し訳ありません、陛下。それは、お約束できかねます」

「なんだと?」

 わりぃ。もう保たねぇわ。

「それを決めるのは、ウチのリーダーなんでね」

 卑怯な口を叩きながら、傍から見たらさぞかし人が悪く見えるだろうな、という笑みを浮かべてやる。

 目配せすると、言葉通りの意味しか分かっていない顔つきで、マグナは首肯した。

「ああ、うん、そうね」

「貴様……」

 やっぱ、怒らせちまったか。

 最後まで真面目ぶって、すっとぼけといた方がよかったかね。でも、精神衛生的に無理なんだけど。

「言っていることとやっていることが真逆なのは、流石に理解しているだろうな!? だからボクは、キミのような男がマグナの傍にいるのは嫌なんだよ! キミはまた、困ったらこうやって彼女を利用するのか!?」

「いや、しない。天地神明に誓うよ」

「何を戯言を……現にいま、してるじゃないか!!」

「分かれよ。相手がお前だからに決まってんだろ」

 しかし、俺も無礼な口利いてんね。打ち首とかにならなきゃいいけど。

「これでも、マグナを大事に考えてくれてることにかけては、随分と信用してるんだぜ。でなきゃ、いまみたいな話の持って行き方するかよ」

「物は言いようだな。生憎と、ボクはキミを全く信用していないんだ」

 くそ、こいつ、思ったより頑なだな。

 その時、思いがけない助け舟が、今度は俺に出された。

「どうしたの、ロラン。さっきから聞いてると、まるで子供が駄々こねてるみたいよ?」

 マグナに不思議そうな眼差しを向けられて、言葉に詰まるロラン。

「いつもと全然違うじゃない。なんだか、今日はヴァイスの方が大人みたい」

 マグナの率直な口振りに、本当に他意が感じられなかったのも堪えたんだろう。

 ロランは、がっくりと肩を落とした。

「……分かったよ。他ならぬマグナに、そんな風に思われるのは耐えられない。この場はボクが、大人になるとしよう——ただし、今回のサマンオサの件に関してだけだ。その後のことは、また別の話だからな?」

 ロランの鋭い視線を、苦労して作った涼しい顔で受け流す。

「ああ、分かってる。感謝するよ」

 その後のことまで、お前に認めてもらう必要はねぇしな。

 とはいえ、ホントに感謝してるんだぜ、これでも。本来なら目の前に立つことも許されないような、俺なんかの話を聞いてくれてさ。

 ともあれ、やれやれ、どうにか乗り切れましたかね。

「フン。忌々しいが、やはりキミはいまのように喋りたまえ。キミの下手くそな敬語を聞いていると、体のアチコチがムズムズと痒くなって仕方がない」

 そりゃすまなかったな。

 俺としても、そう言ってもらえると非常に助かります。

「え、そう? あたしは、ちょっと吃驚びっくりしたけど」

 そんなことを、マグナが口にしたのだった。

 虚を突かれる俺とロランを放ったらかして、さらに続ける。

「もうあたしが無理して敬語を使わなくてもいいかなって、ちょっと思ったもん」

 今後は俺に押し付ける気なのかよ。マジ勘弁してください。

「い、いや、とても公の場で使えるようなものじゃなかったけれどね」

「そうなの? じゃあ、あたしもこれまで、随分失礼な口をアチコチできいてたってことね。教えてくれれば良かったのに」

「いやいや、もちろんキミはいいんだよ、我が麗しの女王様」

「何言ってんの。そんなの、不公平じゃない。そういう特別扱いって、それこそ馬鹿にされてるみたいで気分悪いものよ?」

 ついさっきのロランの発言が、そのまま本人に返っていた。

 ロランは世にも情けない顔をしたが、まさしく自業自得なので、同情する気も起きない。

「お前さ、あれこれ裏を勘繰り過ぎなんだよ。今回は、ホントに真面目に筋を通しに来ただけだったのによ」

「……だったら、最初からそう言いたまえ」

「言ってなかったっけ? つか、初っ端から俺がそんなこと言ったところで、お前、どうせ聞く耳持たなかっただろ」

「今日のロランは、そんな感じよね」

 マグナが俺に同調したのがトドメになった。

 すっかり大人しくなってしまったロランに「終わったら、改めて正式に報告に来るから」とマグナが言い残し、俺達はロマリア城を後にしたのだった。

「すぐ帰らなくても大丈夫なんでしょ?」

 懐かしい目抜き通りを歩きながら、マグナがひどく平坦な調子で尋ねてきた。

「ん? まぁな」

「ついでだから、買い物していきたいんだけど。付き合ってよ」

「へ?」

 あまりに意外な申し出を聞いて、思わず間抜けな声を出しちまった。

「聞こえたでしょ?」

「あ、ああ」

「そ。じゃ、行きましょ」

 呆気に取られる俺を置いて、マグナはさっさと先を行くのだった。

 いや、別に全然いいんだけどさ。

 一体、どういうつもりだ?

2.

 話は、つい昨日に遡る。

「こっちよ」

 少し遅れて待ち合わせ場所に着いた俺を、ヘレナは控え目に手をあげて迎えた。

「悪い。待たせちまったな」

「ううん。気にしないで」

 言葉とは裏腹に、声に出さずに苦笑する。

「なんだよ? なんかおかしかったか?」

「いいえ。女との待ち合わせに遅れたことを謝る男なんて、この国では珍しいものだから。やっぱり、別の国から来た人なんだなと思ったの」

「マジかよ。俺の周りじゃ、遅刻して謝りもしなかったら、殺されかねないけどな」

 約一名に関して言えば。

「それは、凄いわね。色んな意味で」

 ヘレナは目を丸くする。

「いつか、貴方の国に行ってみたいわ。暮らしやすそう」

 そりゃ、まぁ、この国よりはな。

「それで、今日はどこに連れてってくれるんだ?」

「まだ秘密。まずは食事にしましょ」

 そう言って歩き出したヘレナについて足を動かす。

 ヘレナってのは、アレだよ。例の『ラーの鏡』のことを知ってるって女。

 昨日、角でぶつかりそうになった後、一緒に酒場で飲んだ時に、下手にボロが出るよりはと思って国外から来たことも伝えたんだが、そこにエラい食いつかれちまったようなのだ。

 お陰で、今日は仕事が休みだというヘレナに誘われて、こうして逢瀬を楽しんでるって訳だ。

 逢瀬とは言いながら、ウチの連中もいちおう承知の上ではあるんだけどね。果たしてどう思われていることやら。怖くて、とても直接は聞けませんが。

 ていうか、ヘレナもこれ、俺といい仲になって国外に連れ出してもらおうって魂胆があるのかもな、ひょっとして。

 だとしたら、ご期待に添えずに申し訳ない。

 心の中で先回りして謝っておいて、さて、と考える。

 どうやって『ラーの鏡』のことやら、諸々もろもろ聞き出したモンかね。

 などと頭を悩ませていたら、いつの間にやらヘレナの部屋に引っ張り込まれていた。

 いやいやいや、なんでこうなった。

 どっか、その辺の店で食うんじゃねぇのかよ。

「他に人がいるところじゃ出来ない話がしたいの」

 とか、頬を寄せて囁かれるのだった。

「てっきり、ヴァイスもそのつもりなのかと思ってた」

 なんつーのかな、すごく色っぽい訳じゃねぇんだけど、年相応の色気はあるっていうか、なんての?

 そういう事を、ごく当たり前に期待してるしされている雰囲気っていうかさ。どっちかったら、場の空気っていうか——分かんだろ?

 なんてことを、集合住宅の自室の炊事場で手慣れた様子でパスタを作る背中を眺めながら、ぼんやりと考える。

 別に、致したところで誰に文句を言われる筋合いじゃねぇんだよな、そういえば今の俺って。

 そうした方が、色々と情報も引き出し易いかも知れないし——

「どうしたの?」

 向き合って、茸のパスタを口に運びながら、ヘレナが不思議そうに尋ねてきた。

「いや、なんでもない」

 ちょっと自分が許せなかっただけだ。

 まぁ、百歩譲って、この女のことが気に入ったからってんならいいよ。

 けど、情報を得る為にってのはねぇだろ。我ながら、人をバカにしすぎだ。

 勘違いすんなよ。手前ぇはただの農家の小倅こせがれで、どこぞの国の使命を背負った秘密諜報員でもなんでもねぇんだからな。

「つか、ウメェな、これ!?」

 フォークに巻き付けたパスタを口にして、あまりの美味さに思わず声が出た。

 調理した本人に似て見た目は地味だが、味はバツグンだ。

「それほどでもないけど。ほら、いちおう仕事で作ってるから」

 照れ臭そうにはにかむヘレナ。

 そういや、お城の厨房に勤めてるんだもんな。

「それにしたって、ウマいって。えーと、なんての、茹で加減とか、ソースの案配とか——」

 ダメだ。グルメじゃねぇから、言葉が出て来ない。

 粗食と表現できるくらい限られた材料しか使っていないように見えるが、よくこんなに美味くできるもんだ。

「よかった、口に合って。仕事でなく作ったものを、他の国の人に食べてもらうのなんてはじめてだから、ちょっと心配だったの」

「いや、マジで美味いって」

 意地汚くがっつく俺を眺めながら、ヘレナはふふっと嬉しそうに笑った。

「自分が作ったものを美味しいって食べてもらえるのって、こんなに嬉しいのね」

「へ? いつも言われてんじゃねぇの、こんだけウマきゃ」

「まさか! いつもは真逆。王様に不味いって機嫌を損ねられて、いつ処刑されないか怯えっぱなしよ。『嗚呼、王様、どうぞお許しを』って、うなされながら夜中に目が覚めちゃうことだってあるんだから」

「おいおい、そんな口きいて大丈夫なのかよ」

「だから、他に人がいないところに来たんじゃない」

 ヘレナは冗談っぽく言って笑ったが、その表情の奥には本気の怯えが見て取れた。

 という印象は、先入観に引き摺られ過ぎているだろうか。でも、よく見ると、顔とか心労でやつれてるんだよ。

「あなたは、私のことを密告したりしないでしょう?」

「ああ、そりゃもちろん」

「そうよね。私に興味ないものね」

 物言いたげな視線を俺に向ける。

「俺が、興味ない女の休日に付き合うようなヤツに見えるのかよ」

 こんなところか。

「それは、少しは期待してもいいということ?」

「何を期待されてるかによるな。気に入った女とは、金の貸し借りはしないことに決めてるんだ」

「ふふ、そんな風に返されたの、はじめて」

 そうかい。アリアハンじゃ、割りと定番の返しなんだが。

 ヘレナは食器を置いて、床に手をついてにじり寄ってきた。

「私のこと、気に入ってくれたの?」

「だから、いま言った通りだよ」

「ダメ。ちゃんと言葉にして」

 近いちかい、顔が近い。

「……分かったよ。俺に、何して欲しいんだ?」

 両手を肩くらいの高さに上げながら、わざと素っ気ない調子で尋ねると、ヘレナはきょとんと動きを止めた。

「え?」

「なんか、俺に頼み事があるなら聞くからさ、慣れない真似すんなよ。手が震えてるぜ」

「——っ」

 半分ハッタリだったんだが、自覚があるみたいで良かったぜ。

 ぎこちなく迫ってきたのは、実際にお願いがあるからだったらしい。

 まぁ、裏もなく言い寄られる程、いい男じゃありませんものね。どうせ。

「……ごめんなさい。貴方になんの得もないのに、そんなこと言われても信じられない」

 ヘレナは困惑混じりにぽそりと漏らす。

 いまのこの国の状況を考えると、どいつもこいつも余裕なさそうだもんな。互いに密告までし合ってるみたいだし、ねんごろにでもならなきゃ他人を信用できないってのは、むしろ当然の自己防衛だと思うけどさ。

 他国人である俺に、そんな話は関係無いのだ。そのことに気付かせる為に、ことさらなんでもない風を装って告げる。

「んな難しく考えんなよ。そうだ、アレだ、美味いメシを食わせてくれたお礼だよ」

「そんな……割りに合わないわ」

「いや、昼飯一回で、どんだけ大変なことさせようとしてんだよ」

 冗談めかして突っ込むと、ヘレナはようやくクスリと笑った。

「ごめんなさい、大変かどうかも、良く分からないの。ただ、よければ一緒に来てもらえたらと思って……」

「一緒に? どこへ?」

「……」

 控え目な性格をしてそうだから、このまま黙っちまうかとも思ったんだが、おそらく本当に困っているんだろう。

 しばしの逡巡を経て、ヘレナはぽつりと喋りはじめた。

「少し前にね、兵隊さんと知り合ったの」

「うん」

 これは——!

 内心の興奮を押し隠しつつ、相槌で先を促す。

 クリスの話にあった兵士のことに違いない。どうやって話を引き出したモンだか悩んでたんだが、向こうから切り出してくれるとは有り難い。

「えぇと、行きつけの酒場で近頃よく見かける人で、なんだかんだで話すようになって……」

 ん? ずいぶん歯切れが悪いな。言い難いことでもあるのか。

「それで、この前聞かれたの。『いまのこの国のあり方に、不満はないか』って」

「——っ」

 思わず息を呑むと、ヘレナは慌てて声を潜める。

「違う、違うの、もちろんこんな直接的な聞き方じゃなくて、もっと回りくどくだけど……ごめんなさい、不用意だった。あなたにも危険が及ぶかも知れないのに」

 怯えた顔をして、室内だというのに神経質に左右を見回す。

 その様子を見て、俺は密かに現状認識を、さらにもう一段階悪化させた。

 昨日、出会った時にやたらと周りを警戒していたのも、同じ理由だったっぽいな。

 城内に勤めていて、恐怖の根源と普段から物理的な距離が近いってのが影響してるのかも知れないが、それにしたって、ここまで怯えるほどなのかよ。

「いや、気にしないでいいよ。部屋の中だし、さすがに平気だろ。それより、なんて答えたんだ?」

 なおもしばらく周囲の物音に耳をそば立てていたヘレナは、やがてブルッと身を震わせて、申し訳なさそうな目を俺に向けた。

「ごめんなさい。何も聞こえないから、多分、大丈夫だと思う——なんて答えたかって? その時は、お酒に酔って普段より気も大きくなってたから、『せめて普通に暮らしてれば、殺されないって思えるくらいの安心は欲しい』って答えてしまったの」

「いや、別にそれ、失言じゃないだろ」

「そうかしら……でも、その兵隊さんは、そう思ってくれなかったみたい」

「どういうことだ?」

「お前みたいに思ってるヤツが沢山集まってる場所を、俺は知ってるって言うの」

 ははぁ。

 ルーカスの調べで、ジツはあの兵士が良識派と繋がっていることは、既に判明していた。

 関わり合いを持ったのは最近らしいんだが、連中の会合かなんかへのお誘いかね。

 つか、あの前髪のヤツ、この話は報告に無かったぞ。さては、ヘレナの近くに寄れないで、聴き逃しやがったか?

「なんだか怖かったから、遠慮しますって断ったんだけれど、とにかく一回来いの一点張りで押し切られてしまったの」

「それ、いつ行く約束なんだ?」

「……今日」

 ヘレナは申し訳なさそうに身を縮めて、小声で答えた。

 マジかよ。さすがに急過ぎだろ。

 思わず喉を突いた失笑を必死で呑み込んで、ゆっくりと頷く。

「なるほどな。だから昨日の今日で、俺を誘ったんだな」

「違うの、もっと話してみたいなって思ったのは本当よ。その……嘘じゃないわ」

 慌てて言い繕おうとして言葉が出て来ない様子に、今度は苦笑を誘われる。

「別に言い訳しないでいいよ。理由があって言い寄られたって方が、逆に納得できるしな……まぁ、いいぜ。付き合ってもよ」

 俺はどっちでもいいけど、みたいな気のない素振りを取り繕って告げる。

 もちろん、心の中ではダボハゼの如く喰いついている訳ですが。

「本当に!?」

 そんな嬉しそうな顔されると、流石に心が痛むね。

「ああ。けど、いちおう知り合いなんだろ? 別に俺なんか一緒じゃなくてもいいんじゃねぇの」

「ううん、一緒にきてもらえると、その、すごく助かります……正直、怖くて」

「確かに、怪しげな話だもんな」

「それもあるけど……兵隊さんだからって訳でもないんだろうけど……誘ってくれた人が、その、ちょっと怖くて。苦手なの」

 あれ、そうなのか。

「だったら、なんで約束なんか——ああ、だから、無理矢理なのか。あんま気が進まないなら、別に行かなくてもいいんじゃねぇの」

 うっかり自分の立場を忘れかけて、つい寝惚けた助言をしちまったが、ヘレナはブルブルと忙しなく頭を左右に振るのだった。

「無理。そんなことしたら、後で殴られるわ」

 なんだ、それ。

 そんな男なのかよ、あいつ。

 遠くから眺めたことしかないが、あんないいガタイしといて乱暴なのかよ。そりゃ、女が独りでいくのは怖いわな。

「なんで、そんなのと付き合ってるんだ?」

 俺としたことが、この世で一番無意味な質問をしちまった。

 だが、ヘレナはゆるゆるとまた首を横に振る。

「付き合いなんて、ホントに酒場だけなの。でも、見つかる度に、なんだかぐいぐい来られちゃって……いつの間にか、最初は私から話しかけたことにされてたりして、最近、距離感が近すぎて怖かったから、次からそこに行くのを控えようと思っていたら、こっちの返事も聞かずに約束させられてしまったの」

 とは言うが、この国はいま、こんな状態だ。

 最初はヘレナの方にも、兵隊さんと仲良くなっておいて損は無いという打算はあっただろう。

 けど、思ったより強引に来られて危機感を覚えて、距離を置こうとした矢先ってところか。

「なるほどな。話は分かったけど、向こうは怒ると思うぜ。野郎なんて同伴したらさ」

「……ごめんなさい」

 謝りはするものの、「じゃあ、いいわ」とならない辺り、本当に困っているんだろう。

 こりゃ、リィナ辺りに隠れてついてきてもらうべきだったかね——でも、さすがに俺とヘレナが二人で居るところを陰から覗かせるのは、道義的にどうなのよ。って気分になるだろ。

 ため息混じりに頭を掻く。

「分かったよ。乗りかかった船だ。付き合うよ」

 正直、勘弁してくれって気分ではあるんだが。

 あんな体格した兵士なんぞに、腕力にものを言わせて向かって来られたら、俺じゃどうにもできねぇぞ。

 とはいえ、この機を逃す手が無いのも確かだ。『ラーの鏡』の件に加えて、良識派や反乱軍の動きも確認しておきたかったからな。

 その辺りはルーカス達にも探らせてるんだが、思いがけずして正面切って中枢に潜り込めるのなら願ってもない——んだけどさ。

 理屈と気分って、別物だからな。

 俺は、喧嘩弱いんだっての。

「ありがとう。本当に心細かったの……」

 けど、こんな心から安堵したみたいな顔をされたら、そうも言ってらんねぇわな。

「——どうしたの?」

「いや、別に」

 マズいな。妙なこと考えたのが、顔に出ちまったらしい。

 いや、さ。

 我ながら度し難いと思うんだけどね。

 不幸そうな女って、妙な色気があるよな。

3.

「ここか……?」

 日が落ちてしばらくすると、世界の他の大都市に比べればささやかながらも、繁華街とされている地区は、いちおう夜の街として活気づきはじめる。

 ただ、酔っ払ってすら迂闊なことは口にできねぇからな。すれ違う連中はどいつもこいつも、上から蓋で押さえ付けられたみたいな不景気なツラしてやがる。

「ええ。兵隊さんが言ってたお店は、ここでいい筈だけど……」

 ヘレナが困惑した声を出すのも無理はない。

 いちおう店構えは酒場だが、窓の向こうはひどく薄暗くて、営業してるのかどうかすら判然としない。

 人の話し声は微かに聞こえるから、誰かしら中に居ることは確かだった。

 良識派なり反乱軍が、本当にここを根城にしてるなら、揃いも揃って阿呆ばかりに違いない。

 なんでこんな、あからさまに怪しい雰囲気をわざわざ拵えてんだよ。まとめて引っ立てられてぇのか。

「とりあえず、入ってみるか」

 入り口で立ち止まってるのも目立つので、放っておくといつまでも逡巡してそうなヘレナに代わって、思い切って扉を押し開ける。本当は、俺だって嫌なんだが。

 カランカラン、と扉についた安っぽい鐘が鳴った。

「おい。ウチはいまやってねェよ。出てけ」

 俺達を迎えたのは、無愛想極まる男の声だった。

「あ、あの、私、ブルーノさんに呼ばれて——」

 意外にも、俺を庇うように進み出て、ヘレナが答えかける。

「おお、来た来た。いいんだ、俺の客だ。聞きたいことがあって呼んだんだ」

 数少ない蝋燭がいくらか灯っているだけの薄暗い店内の奥、まばらに並んだテーブルのひとつからこちらに歩み寄る大柄な影があった。

 例の兵士だ。ガタイがいいから、寄ってくるだけで圧迫感があるな。

「遅かったな。来ないかと思ったぞ」

「ごめんなさい」

 威圧的な声音に身を縮こませるヘレナ。

「で、アンタは誰なんだ?」

 ですよね。そう来ますよね。

 ブルーノとかいう名前の兵士は、不快そうな目付きで俺を見下ろした。

 人のモンに手ぇ出すなってか。暗がりと相まって、マジ迫力あって怖ぇんだけど。

「違うの、私の知り合いなんだけど、ここの人達のお話に興味があるって言うから連れて来たんです」

 またしても、ヘレナは健気に俺を庇う素振りを見せる。

 巻き込んだ責任を感じてるんだろうが、そういう言い訳を考えてたなら、前もって相談してくれよ。勝手に興味あることにされちまったよ。

「おい、アンタ。コイツの言ってる事は本当なのか?」

 いや、いちいち凄むなよ、ブルーノさんよ。

 大して深い仲でもねぇのにコイツ呼ばわりだし、だからヘレナに怖がられるんだよ。

「アヤしいぜ。まさか、国王派の犬じゃねェだろうな」

 誰が発したかまでは分からなかったが、奥からそんな声があがった。

 マジかよ。こうなる可能性も考えちゃいたが、いきなりか。

 俺が何も知らないただの一般人だったら、自分から正体明かしたも同然だぜ、バカじゃねぇの。

「なにぃっ!? 手前ぇ、国王の犬野郎か!?」

 そう言うお前ブルーノは、この国の兵士じゃねぇかよ、アホかよ。

「いや、違う。つーか、なに言われてんだか分かんねーよ」

 左右に首を振るフリをして、とある影を探す。

 ブルーノに付けてたんだから、どっかその辺にいる筈だろ——いた。鬱陶しい前髪が、窓越しに外から覗いてやがる。

 あ、なに小さく首振ってんだ。少しは助けようと努力する素振りくらいは見せろよ、手前ぇ、ルーカス。

「なんだァ!? ブルーノが国王派にヤサばらしやがったのかァッ!?」

「ち、ちがう、俺が呼んだのは女の方だけだ。こんな野郎は知らねぇよ」

「つか、なにオンナ呼んでやがんだよ、手前ェ、新入りのクセしやがって」

「オンナなんて、まるで役に立たちゃしねェのによ」

「前にいたヤツらも、みーんなやめちまったもんな」

「アイツラ、覚悟ってモンがカラキシ足らねェんだ」

「ケド、違う役になら立つぜ?」

 下卑た笑い声が上がる。

 こりゃヒデェな。俺は、山賊の根城にお邪魔したんだっけか?

「オイオイ、あんま怖がらせんなよ。ブルッて帰っちまうだろ」

 言葉ほど咎める調子が声音に無いから、残念ながらブルーノの品性も大して変わらなそうだった。まぁ、脳みそ筋肉で出来てそうだもんな。

「ザケンな。ここ知られたんじゃ、ただで帰す訳にゃいかねェだろが」

「とりあえず、野郎の方はシュクセイしとっか?」

 一気に騒然とする店内。

 さっきから、なんで自ら進んで馬脚を現してるんだ、この阿呆共は。こんなお粗末な体たらくで、本気で国王派に太刀打ちできると思ってんのか?

 同じアホでも、これならグレースの手下達の方が百倍マシだぜ。

 ただし、あそこで傍観してる前髪ウザ男だけは別だけどな。あいつは、後でシメる。

 つか、暗くて良く分からなかったが、改めて見回すと、ブルーノを含めて意外なくらい若いヤツが多かった。

 っても、俺と同年代くらいだけどさ。統制すらロクに取れてなさそうだが、どいつがリーダーだ?

「オラッ、ドコの手のモンだよ、手前ェッ!! トットと吐きァがれッ!!」

 一際ひときわガラの悪い細身の男が肩を怒らせて歩み寄ってきたと思ったら、高い声をあげながら、いきなり殴りかかってきた。

 ってっ。

 大人しく殴られた方が結果的に被害を抑えられそうだと踏んだのは計算だが、悲しいかな、上手くいなすような技倆は持ち合わせていないので、モロに食らっちまった。

「ヴァイス!?」

 ヘレナが悲鳴を上げる。

 ちっ、鉄の味がしやがる。口ん中切れたな、こりゃあ。

「おい、無茶すんな」

「うるせェ、やっちまおうぜ」

「フィリオさんの教えを忘れたのか。まず話を——」

「ヤメロっての。せっかく小うるせぇのがいなくなってセイセイしてるってのによ」

「そもそも、誰なんだよコイツ——」

 雑然と声が上がるが、意見がまるでバラバラだ。

 マジで統率が取れてねぇな。

「ちょっと静かにしてくれ、皆」

 その時、比較的年齢が上に見える身形みなりの良い男が、細い声を張り上げながら進み出た。

「あんた、ヴァイスっていうのか」

 ヘレナの悲鳴を聞いてたか。

「……ああ」

 くそっ、痛ってぇな。

 血の味が濃い頬の裏側を舐めながら、吐き捨てるように答えると、少壮のその男は店の中にいた連中を振り返った。

「そうか、分かった——こいつは私が尋問する! 皆、一旦収めてくれ!」

「あン? リーダーがかよ」

「大丈夫か? あんた、荒事なんて出来んのかよ、マテウスさん」

「誰か、手伝った方がいいんじゃねぇの」

「いや、まずは私だけで充分だ。手が欲しくなったら声をかけるから、諸君は先程の続きを話し合っていてくれ」

「ってもよ、もうやるこた決まってンだろ」

「おうよ、俺達の怒りを、国王派のクソ共に思い知らせてやろうぜ!」

 おおぅっ!! とか声を上げて盛り上がりかけた連中を、マテウスとやらは大袈裟な身振りで抑える。

「待ちたまえ。実行するにしても、色々と段取りがあるだろう。各々、まずは自由に案を出し合ってくれ。イゴール、進行を頼む」

「あ、ああ、分かった。それじゃ、皆、こっちに集まってくれ」

「おう!」

「イゴールさんよ、やってやろうぜ」

「人数集めて突っ込みゃ、どうにでもなンだろ」

「タイギはこっちにあンだ。人数なんざ、そこら中からいっくらでも引っ張って来れンぜ」

「断るヤツァ、国王派の裏切りモンだ。そんなクソ共は、俺らでキョウイクしてやンぜ!?」

「あんたは、こっちだ」

 店の奥に進むように促すマテウスに、俺は尋ねる。

「ヘレナも一緒でいいか」

 さっきから、命綱みたいに服の裾を握られてるから、さすがに残していけねぇんだわ。

「ヘレナ?——ああ、構わない」

 一瞬怪訝な顔をしたマテウスは、ヘレナを視界に収めて直ぐに頷いた。

 こいつは、他の愚鈍共と違って頭の回転が速そうだな。

「あァ? ちっと待てや。そのオンナ呼んだのは俺だろが」

 だから、いちいち凄むんじゃねぇよ、このブルーノ野郎。

 ヘレナが裾を握る手に一層力を篭めるのを感じた。

 だが、俺達の不安を他所に、マテウスは思ったよりも毅然とした態度でブルーノを制止する。

「悪いが、こちらで確かめるのが先だ。少し待ってくれ」

「……チッ」

 デカい舌打ちをして踵を返したブルーノだったが、お前、いまので納得すんのかよ。

 何を確かめるのかすら聞き返さないところを見ると、単に俺を牽制したかっただけか。脳味噌が空じゃなけりゃな。

 マテウスの方も、それを承知で言葉を濁したように思えた。

「それじゃ、来てくれ」

 これ以上ここにいたら、大した理由もなくまた殴られそうだ。

 一も二もなく、俺はヘレナを伴ってマテウスの後に続いた。

4.

 元からランプの灯りがついていた奥の部屋は、却って店内よりも明るかった。

 最後に入ったヘレナが後ろ手に扉を閉めると、マテウスは俺達に背中を向けたまま、盛大に溜息を吐く。

「悪いが、鍵をかけてくれ」

「あ、はい」

 マテウスに命じられるまま、素直に小振りの閂をスライドさせるヘレナ。

 奥の書斎机を回り込んで、革張りの椅子にやや乱暴に腰を下ろしたマテウスは、肘をついて組んだ両手越しに俺を覗き見た。

「君が、ヴァイスか」

 店の中にいた時よりも、口調がやや丁寧になっていた。

「俺を知ってるのか?」

 なんで。

 どっから情報が漏れた?

「その質問に答える前に聞かせてくれ。クリスという名に聞き覚えは?」

 おっと、予想外の名前が飛び出しやがった——でも、なるほどな。それほど意外でもねぇか。

「魔法協会の皮肉屋のことなら」

「ああ、ソレだ。よかった……」

 マテウスは今度は安堵の溜息を吐いて、ぐったりと脱力した全身を椅子に沈めた。

 しばらく眉間の辺りを摘んで顔を顰めていたマテウスは、座り直して背筋を伸ばし、険の取れた目つきを俺に向けた。

「突然すまなかったな。君のことは、クリスから聞いているよ。どうか、力を貸して欲しい」

 へ? なんで、俺が全て事情を弁えた上で協力するみたいな口振りになってんだ。

「悪いけど、話が見えないんだが」

「ん? クリスに頼まれて来てくれたんじゃないのか」

「違う。どっちかといや、俺が力を貸して貰うような話だったんだが」

 眉根を寄せたマテウスは、手招きで俺を書斎机の近くまで呼び寄せ、キョロキョロと左右を見回してから囁き声で尋ねる。

「君達は、この国の体制を打倒しに来たんじゃないのか?」

「いや、大袈裟だな」

 つられて小声で返しながら、俺はマテウスの口元に寄せていた身を起こした。

「どうも、中途半端に話が伝わってるみたいだな。先にお互いの認識を確認した方が良さそうだ」

「ああ、こちらとしても、それは望むところだが……」

 歯切れ悪く語尾を濁して、マテウスはヘレナに視線を向ける。

「彼女は、同席しても問題無いのか?」

「ああ、うん——」

 困ったな。俺も判断できねぇや。

 首の後ろを揉みながら、ヘレナを振り返る。

「あのさ。ブルーノ以外にも、妙な連中と関わり合いがあったりするか?」

 って、アホか。俺は何を本人に尋ねてんだ。表の連中を馬鹿にできねぇぞ、これじゃ。

 この場にヴァイエルが居なくて良かったぜ。もし見られてたら、この世の終わりがやって来たみたいな、深い深い溜息を吐かれたに違いない。

「いいえ、無いけど……貴方こそ、何者なの、ヴァイス。やっぱり何か目的があって、私に近付いたの?」

 傷ついた顔を向けられて、咄嗟に返事ができなかった。

「なんだ。君達はまさか、互いをよく知らないのか? なら、彼女には席を外してもらうことに——」

 途中まで言いかけて、マテウスは小さく首を振った。

「いや、もう手遅れだな。嫌でも付き合ってもらうしかない。彼女が他所で口を滑らさないように、君が責任を持ちたまえ。でなければ、我々は密告されて、どの道終わりだよ」

 不安そうに俺とマテウスを見比べるヘレナ。

 俺が付き添いだった筈なのに、なんだか主従が逆転しちまったな。

「脅かすなよ。そもそもブルーノに誘われてここに来たってことは、ヘレナも一蓮托生みたいなモンだし、そんなに心配しなくても大丈夫だろ」

「ところが、大丈夫でなかった事例は、これまで枚挙にいとまがなくてね。我が身可愛さに知り合いを売るような真似は、いまのこの国じゃ当たり前スタンダードなんだ。用心し過ぎるということはないよ」

「私は、そんなことしないわ!」

 胸に手を当てて、真に迫る様子でヘレナは宣言したが、マテウスは「どうだかな」と呟いただけだった。

「分かったよ、俺が責任持ちゃいいんだろ。後で改めて言い含めておくよ。それより、お互いの認識の擦り合わせをしようぜ」

「ああ。だが、少し待ってくれ」

 おもむろに腰を上げたマテウスは、唐突に書斎机を両手でバンバンと叩きはじめた。

 え、なに急に癇癪起こしてんの、この人?

 かなり引き気味の俺やヘレナに構わず、何度も机を叩いたり床を踏み鳴らす。

「いい加減にしろ!」

 と大声で怒鳴られたが、そりゃこっちの台詞だっての。

「よし、ひとまずは、こんなところでいいだろう」

 またしても唐突に冷静さを取り戻したマテウスがひとりごちると、施錠した扉の向こうから声が聞こえた。

「マテウスさん、大丈夫かよ? 手伝ってやろうか?」

「いや、それには及ばない。ようやく素直になってくれたところだよ」

「マジかよ、ヤベェな——あ? チッ、自分で言えよ、めんどくせーな——ブルーノが、その女を殴っていいのは自分だけだって言ってンぜ」

 何がおかしいのか、ゲヒャヒャとか下品な笑い声が続く。

「そんなこと言ってねぇよ!」

 離れたところからブルーノが怒鳴る声が微かに聞こえた。

「心配ない! 私が暴力に訴える筈がないだろう! 問題ないから、こっちは任せてくれ!」

「そりゃそうだ」

 マテウスが精一杯張り上げた声を受けて、ヘラヘラ笑いながら男が扉から離れた気配があった。

「フゥ、これでしばらくは怪しまれずに済むだろう」

 一転して声を抑え、マテウスはそんなことをのたまうのだった。

 つか、最初っから思ってたんだが。

 ここの連中、チンピラ過ぎるだろ。

「なんで、あんなのとツルんでるんだ、あんた?」

 マテウスの風貌や物腰には、それなりに気品と知性が感じられ、りにも選ってあんな連中と、好んで行動を共にするようには、とても見えなかった。

「それは、先ほどの話の続きになるな——本当に、君を信用していいんだろうな?」

 と、俺に聞かれても困るんだが。

 マテウスは、自嘲混じりに声に出して笑った。

「フフ、今更だな。私も腹を括るしかないようだ。君を——いや、クリスを信用するとしよう。なに、賭けに負けたところで、たかだか命を落とすだけだ」

 自暴自棄やけくそ気味に一人で盛り上がってるトコ悪いんだけどさ。

「どうにも話が見えねぇな。クリスのヤツは、あんたになんて言って聞かせたんだ?」

 俺の返しに、マテウスはやや落胆の表情を覗かせた。

 颯爽と問題を解決してくれそうな、分かりやすい救世主じゃなくてすまねぇな。

「近々、ヴァイスと名乗る若者が現れて、私を窮地から救ってくれると。だから、決してその機を逃さないように気を付けろ、とだけ」

 あの野郎、俺に丸投げかよ。

 まぁ、さんざ念を押されてたから、マグナの存在を匂わせる訳にいかねぇのは分かるけどさ。

「もしかして、クリスってあんたの仲間だったのか?」

「なんだ、知らなかったのか?」

 知るかよ、ンなこと。

 だが、それでようやく話があちこち繋がってくる。

「で、俺に助けて欲しいってのは、ひょっとしてあの連中のことか」

 扉の向こうに、顎をしゃくってみせる。

「ああ、そうだ」

 小さく頷いて、マテウスは心の底から疲れ果てたみたいな顔をした。

 急に何歳か老けてみえたほどだ。

 ていうかだな、なんで俺がお願いされるみたいな立場になってるんだ。

 なんか、納得いかねぇんだけど。

「しょうがねぇな……とりあえず、そっちの事情を聞かせてくれ」

「……聞いてくれるのか」

「聞かなきゃ、判断もできないだろ」

「尤もだ。助かるよ……」

 書斎机に肘をついて、組んだ両手を額に当てながら、マテウスが語り出したところによれば。

 もともとマテウスは、おかみの施政方針が気に食わなかった時に、この王都で人数を集めて抗議活動を行う為に組織した団体の副代表だったらしい。

 といっても、活動はあくまで平和的で、王城前の広場に集まって座り込みをするくらいが精々だったそうだ。

 国王がいまみたいにトチ狂っちまう前から存在した組織って話で、こいつらが良識派と呼ばれる者達の中でも主だった連中の前身になっている。

 ちなみに往時の代表は、かのブレナンだ。尤も、ファングとツルみ出してからは、独自路線に方向転換して、マテウスに後事を託して自らは身を引いたそうだが。

 そのマテウス達にとっての大きな転機は、クリスも言及していた、大規模な反乱が事前に阻止されたっていう例の事件に起因する。

 細かいことを端折ってまとめると、扉の向こうで騒いでいるチンピラ共は、その反乱軍の残党なのだ。

 そもそもからして、反乱軍なんてのは暴力で不平不満を解決しようと集った奴らな訳だが、それでも指導者層には、それなりに理知的な連中が揃っていたという。

 ところが、集団の理性を司るそいつらが、全員取っ捕まって処刑されちまったというのが、くだんの事件におけるひとつの側面だったのだ。

 そして、後には手綱を失ったケダモノみたいな連中が残された。

「奴等はただ、暴れたいだけなんだ」

 マテウスは、苦々しげに吐き捨てた。

「許しがたいのは、弱者救済という我々の理念を、暴れる為の大義名分として利用しているところだ」

 頭を失って、自分達じゃ何も決められない残党の一部が、マテウス達の組織に目をつけたのは自然な成り行きだっただろう。

 だが、合流したはいいものの、やはりというべきか、元からいた構成員との軋轢が酷かったらしい。

 残党共のあまりの無軌道っぷりに嫌気がさして、一人また一人と、元からいた構成員は組織を離脱したそうだ。

 ちなみに、クリスが袂を分かったのも、この時期らしい。

 なんでもかんでもホイホイ受け入れるからだろうと思わないでもないが、弱者救済の為に協力してやると申し出られては、無碍に拒絶する訳にはいかなかったようだ。

 仮令たとえ、チンピラ共にとっては口で言っているだけのお題目だったとしても、マテウス達にとってはそうではない。

 それこそ、理念が許さねぇって訳だ。

 マテウスは、明らかに頭の硬い性質たちだった。

 ブレないという意味ではリーダー向きだろうが、正論を生真面目に貫いたまま、理想に殉じて玉砕しかねない人種に思える。

 とはいえ、根がお上品なマテウスに、そもチンピラ共を御せる筈もなく。

「牧羊犬の群れを、羊が統御せんと右往左往しているようなものだ。まるきり喜劇だよ」

 学のありそうな言い回しで、忌々しげに自分の現状を語ってみせるのだった。

「大体、話は分かった」

 クリスの野郎。

 妙に事情に詳し過ぎたからな。どうせ、いずれかの勢力と繋がりはあるんだろうと踏んじゃいたが、こうなってみると、あいつの目論見通りに動かされたっぽいな、俺としたことが。

 つまり、志半ばで足抜けした後ろめたさからくる、マテウスへの罪滅ぼしに利用されたのだ。

 まぁ、俺も似たようなことをよくやってるから、別にそのことに腹を立てたりはしないが——いや、やっぱりちょっと、業腹だな。

 クリスの思惑に従わされるのもシャクだが、今回は向こうが上手うわてだったことにしておくか。こっちに損があるわけでなし、せいぜい利用させてもらおう。

 と、俺が自分を納得させるであろうところまで読み切られてるっぽいのが——そして、自分が実際そうしていることに、腹が立つんだよ。

 内心で舌打ちをしながら、顔には笑顔をたたえてマテウスに告げる。

「どうやら、あんたは当たりを引いたぜ。これまで頑張ってきた苦労人に、嬉しいお知らせだ。放っておいても、この国は近い内に圧政から開放されるよ」

 しばし知能を失ったみたいに、マテウスが俺の言葉を理解して反応するまで時間がかかった。

「——ほ、本当かっ!?」

 本当——ね。あんたの言う本当って、一体なんだい。

「もちろん、本当だとも」

 あんたに、それを確かめる術はあるのかい。

 などと、どこぞの陰気な魔法使いのように陰険な戯言を、爽やかな好青年である俺が口にする筈もなく。

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたりもしてないんだぜ。いや、ホントに。

 ほら、可哀想に、藁にもすがるみたいな、抑えようのない期待がだだ漏れのつらをブラ下げてるじゃねぇか。

 こうなっちまえば、後はこっちの思うがままだ——なんて、こんな追い詰められた人間に、そんな酷い真似しませんけど。

 俺が悪人じゃなくて良かったな。

「わ、私をこの地獄から救ってくれるというのか——だ、だが、ど、どうやって!?」

 そんなに慌てんなって。

「そいつは、秘密だ」

 俺の巫山戯た返しを聞いて、マテウスの顔に不信がぎる。

「別に意地悪で言ってる訳じゃねぇよ。下手に事情に通じた人間が増えると、その分だけこっちの作戦行動に支障をきたす可能性が高くなる。だから悪いが、これ以上は何も言えない」

 自信満々な態度で、尤もらしいことをほざく。

「まぁ、そう遠くない将来に、現体制が終わることだけは保証してやるよ」

「そ、そうか。そうだな、それさえ叶うのであれば——」

「ホントは、いま言ったことすら大サービスなんだぜ? けど、クリスの知り合いってんじゃ仕方ない。ただ、当分は何も知らねぇ顔して、絶対に他言は無用に頼むよ」

「あ、ああ、もちろんだ」

 何度も小さく頷くマテウスだったが、いまいち信用し切れねぇな。うっかり口を滑らせないように、危機感で蓋をしておいた方が良さそうだ。

 俺は窓の外に視線を投げながら、空中をノックする仕草をしてみせた。

——なにも、起こらない。

 チッ、あの前髪のヤツ、察しが悪ぃな。

 キョトンとするマテウス越しに睨みつけると、ようやく気付いたみたいな吃驚びっくりした顔を覗かせる。なんの為に、さっき合図してこっちに回り込ませたと思ってんだ。

「な、なんだね?」

 自分が睨まれたと勘違いしたらしく、腰の引けたマテウスを無視して、もう一度、さっきよりも分り易く大袈裟に宙空をノックをする俺。

 やや遅れて、ガンガンと窓を叩く音が聞こえた。

「ヒッ!?」

 怯えた声を出して、背後を振り返るマテウス。

 その視線が俺から外れた瞬間に、手振りで隠れるように指示したのが間に合った。

 マテウスがそちらを向いた時には、鬱陶しい前髪は既に窓から見えない位置に身を潜めていた。

「てことで、これからあんたは、常に監視されてると思ってくれ。誰かに余計なことを言えば——分かるよな?」

「か、監視……」

「沈黙に口を塞げ。さもなくば、逃れようのない終焉が、お前の身に降りかかると知れ」

 できるだけ声を低くして、厳かな口調でほざく。

 大仰な言い回しを選んじまったのは、知らず前髪ウザ男に影響されてたっぽい。

 けど、これは呪いの文句という意味で、呪文みたいなモンだからな。

 多少は芝居がかってた方が、効きがいいんだよ、うるせぇな。

「わ、分かった。心する」

「なに、あんたにとっても、これは悪い話じゃないさ。その時が来るまで、あんたはあのチンピラ共を抑えといてくれるだけでいいんだ。それだけで、この国は救われるよ」

「そ、その時というのは、具体的にはいつ頃なんだ」

「そうだな……」

 俺はヘレナにちらりと目をやって、考える。

「まだ不確定なトコもあるけど、ひと月程度でなんとかするつもりだ。長くても、ふた月はかからないと思うぜ」

「……無理だ」

 あっさり否定されて、心の中でズッコケる。

「は?」

「あの連中を、そんなに抑えておけない。ブレナン氏の話は知っているか?」

「ああ」

「さっきも言った通り、彼は我々の元代表だ。そのブレナン氏の仇を討つのだという名目で、すっかり盛り上がってしまっているんだ。それこそ明日にでも、王城に突喊とっかんせんばかりの勢いだよ——なんの策もなく」

 こいつ、人の話を聞いてるのか?

「それを、どうにか抑えろと言ってるんだぜ?」

「だから、無理なんだ。私と奴らの関係性は、さっき説明しただろう。連中にとって私など、仮初かりそめの指導者に過ぎんよ。方針が気に喰わなければ、あっさり見限られるだけで、連中はそれこそ好き勝手に狼藉をはじめるぞ」

 いや、なんであんたが俺を脅してんだよ。

 マテウスは暗い目をして、先刻の言葉を繰り返す。

「奴等はただ、暴れたいだけなんだ」

 扉の向こうから、計ったようにゲヒャヒャとかいう下品な笑い声が響いて、ヘレナの身を竦ませた。

 マテウスにいて残った数少ない、元良識派の指導者層であるイゴールが、中身の無い会議で時間を稼いでいる筈だが、それもそろそろ限界っぽいな。

「って言われても、困るんだけどさ。王城への襲撃事件なんて起きたら、犯人探しだ粛清だって、またぞろ洒落にならない数の人間が殺されるんじゃねぇの?」

「ああ。無関係の人間も、大勢巻き込まれるだろうな」

「それが分かってるんだったら、なんとか頑張ってくれよ」

「だから、何度も言っているだろう。私では——私達だけでは、無理なんだ」

 縋るような目つきを向けてくる。

 えぇ……そこを、ポッと出の俺に頼るのかよ。

 こりゃ、マジで相当追い詰められてんな。

「仕方ねぇな……こっちでも、なんか考えるよ」

「おお」

 マテウスの表情が、目に見えて明るくなる。

 露骨に、俺の提案待ちだったもんな。

 あんた、ちょっと調子よすぎない?

「ありがたい。君のことは新たな幹部としてはからうように、連中には言い聞かせておこう。なに、そのくらいはさせてくれ。また先程のような失礼があってはいけないからな」

 俺は、頬の裏側を舐める。

 いちおう、血は止まったみたいだけどさ。

 恩着せがましく言いやがって。本来は自分がやるべき事を押し付けてるんだって、分かってんのかね。

 マジで勘弁してくれよ——けど、この国で暴動やら内乱を起こす訳にはいかねぇしなぁ。

 別に、誰のためって訳じゃないけどさ。

5.

「——いま言ったのが、あの人と一緒に魔王討伐に向かった人達だよ」

 マテウスと話した、その翌日。

 大して捗りもしない考え事をしていたせいで良く眠れずに、ショボつく目を擦りながらサマンオサの宿屋の手洗い場で顔を洗った俺は、戻る途中でリィナを見かけて、そのまま部屋に引っ張り込んでいた。

 いや、違う。聞きたいことがあるんだよ。

 なにやら違うことを考えてそうな顔に釈明し、前から気になっていたことを確認する。

 何かといえば、ニックのおっさん達のことだ。

 ほら、ダーマでリィナが言ってただろ。

『あの人も、そうやってダーマから送り出された一人だったんだけど……その時のパーティは、すごい人ばっかりでね。この人達でダメなら、世界の誰にも魔王は斃せないだろうってくらい、四人が四人とも、みんな天才って呼ばれてたような人ばっかりで——』

 魔王討伐に向かった、当代きっての四人の天才。

 二つ名に呼びていわく。

『絶拳 ニキル』

『天賦 アルシェ』

『子爵 ギア』

『剣姫 ミーフォン』

 それぞれに一騎当千だった彼らですら魔王に敗れ去ったのは、オルテガに拾われてリィナがダーマにやってくる少し前のことだったらしい。

 幼いリィナは、昔話のように彼らの伝説を聞かされて育ったのだ。

「——でねでね、ニキル様はちょっと別格として、ボクが一番好きなのはアルシェ様で、逸話がいちいち格好いいんだよ! なんでも出来ちゃう天才で、やることなすこと小粋で洗練されてて、あと、すっごい美形なんだよ〜」

 そいつがいかにお気に入りであるかを、熱っぽく語るリィナ。

 その様は、憧れの舞台役者に熱を上げる少女のようでもあり、俺は意外な思いに捕らわれる。

 へぇ、こいつにも、こんな一面があったんだな。

 ただ、どうも本人は気付いてないみたいだが。

「盛り上がってるトコ悪いけど、そのアルシェっての、多分にやけ面のことだぞ」

「へ?」

 リィナは、それきり絶句した。

 俺が何を言っているのか全く分からないみたいに、しばらく呆けたまま固まり続ける。

 ちょっと考えれば分かりそうなモンだが、この様子だと全く想像もしてなかったみたいだな。

 まぁ、憧れの美形超人が、あんな怪しいニヤけた人間に成り果てていたなんていう無残な現実を、認め難いのは理解できなくもないが。

「え? えぇ~?」

 どうしても、頭の中の理想像とにやけ面が、上手く結びつかないらしい。

「ま、またぁ~。すぐ冗談言うんだから~、もー、ヴァイスくんは~」

「いや、冗談じゃなくて。地下寺院の時の、あいつらの会話を思い出してみろよ。そうとしか思えないだろ」

 こんなどうでもいいことに俺が拘っているのは、にやけ面の名前を未だに知らなかったことを、本人にせせら笑われたのが腹に据えかねたからだ。

 いや、せせら笑われたってのは、俺の思い込みかも知れないけどさ。

 けど、『なんだ、まだその程度の情報にも辿り着けていないのか』とでも言いたげな顔して、アイツは俺を見下してたに違いねぇんだ。

 阿呆が、手前ぇなんざにこれっぱっかしも興味がねぇから、あえて確かめなかっただけだっての。

 リィナによれば、ギアは小柄でミーフォンは二つ名からして女だ。

 上背が俺と同じくらいで、且つ男であるにやけ面に当て嵌まるのは、四人の中では単純な消去法でアルシェしかいねぇんだよ。

 お前の名前なんざ、こうしていつでも簡単に知れたんだっての、あのにやけ野郎が。

 何が『天賦』だ。二つ名からして天才だってか?

 いまとなっちゃ、ただの怪しい人買いじゃねぇか。

 伝説なんて、ひどく誇張されてるモンだからな。ホントに天才の呼称に相応しい実力があったかどうかだって、怪しいモンだぜ。

 いや、まぁ、ニックは、多少大袈裟に語り継がれていたとしても、それよりさらに本人の方が常識外れの強さっぽいけどさ。

 そのオッサンと同列に語られているにやけ面も、イオナズンを唱えられる程度の才覚があるのは、認めてやらんでもないが——くそ、なんかの間違いだったら良かったのに。

 いや、待て、イオナズンを唱えられるってのは、俺が勝手に先走って思い込んじまっただけで、実際にアイツが唱えたところを、この目で見た訳じゃないんだった。

 同じくらい高レベルの呪文であるモシャスを唱えられるからって、イオナズンまで習得してるとは限らねぇだろ——限るか。さすがに。くそ、面白くねぇな。

「ヴァイスくんて、やっぱりボクには意地悪ばっかり言うよね……」

 どうにかにやけ面の評価を自分の中で下げようと四苦八苦していると、リィナが拗ねた調子でポソリと呟いた。

「へ? い、いや、そんなことねぇよ。だって、リィナがあんまりにやけ面のこと持ち上げっからさ」

 慌てて否定の言葉を口にすると、リィナはにへらっと笑って俺を見た。

「んん? ヴァイスくん。それって、ひょっとして嫉妬かな?」

「へっ!? あー、うん、まぁ、そうかもなぁ」

 だって、俺、あいつ苦手なんだよ。

「へへ〜、嫉妬だって。やきもちじゃなくて」

 含み笑いをしながら、ジト目で俺を見るリィナ。

「いや、同じだろ」

「ううん、違うよ」

 あれ、なんで近付いてきてんの。

 リィナは腰掛けていたベッドから立ち上がり、備え付けの木椅子に座っていた俺ににじり寄りながら囁く。

「違うよ」

 俺の膝に手をついて、正面から顔を覗き込む。

 いま気付いたが、こいつ、服はいつもの武闘家姿だが、何故かサラシを巻いてないじゃねぇか。

「ねぇ——」

 熱っぽい吐息が、目の前の唇から漏れる。

 え、リィナの癖に、なんか色気あんだけど。

「ボクに聞きたいことって、それだけ?」

 若者の一年の歳月、恐るべし。

 いや、俺も若いけどね。

 つか、近いちかい。顔が近い。

「ヴァイスー。邪魔するわよー」

 その時、びっくりするくらい無遠慮に、部屋の扉が勢い良く開かれた。

 そういや、内鍵かけてなかったわ。

 だって、リィナと二人きりなのに、変な意味に取られちゃいそうだろ。鍵なんてかけたらさ。

「なにやってんの?」

 なんの興味もない、みたいな冷たい目つきで俺とリィナを見下ろしながら、闖入者——マグナは短く尋ねた。

 至近の俺にしか分からないため息を吐いて、リィナは身を起こす。

 こいつ、まさかマグナがすぐ近くに居ることが分かってて、からかったのか?

「別に? なにもしてないけど」

「そ。ま、どうでもいいわ」

 本当にどうでも良さそうな声音に、リィナが口の中で何事かを呟いたのが分かった。

 なんか——怖い。

 昔からその兆候はあったけど、この二人、事あるごとに張り合う感じが悪化してねぇか。

 どっちも相手に思うところがあるからなぁ。

「そんなことより、ヴァイス。行くわよ」

 なんてことを考えていたら、拒否するのが不可能な口調で下知がくだった。

 どこにですか、女王様。

「とりあえずロランにだけは、あんたが合流した話を通しておくから。だから、さっさと支度して」

 え、今から行くの!?

 エラい急だな。まぁ、いつものことですが。

「他の王様はいいのか?」

「だって、他の人達はあんたのことなんて知らないじゃない。突然そんな人間を紹介したら、ヘンな風に勘繰られちゃうわ」

 はぁ、左様ですか。

 いちおうジブンも、イシス女王には拝謁したコトあるんスけど。

 あ、ポルトガ王にも会ってたわ。黒胡椒を取りに行く前に。

 などと口答えできる筈もなく。

「だったら、ボクも行くー」

 代わりに返事をしたのは、リィナだった。

 マグナはジロリとリィナを睨み付けて、ハァと当てつけがましく息を吐いた。

「悪いけど、今回は遠慮して。ホントにお忍びだから」

「なんで? 一人くらい増えてもだいじょぶだよ」

「あのね、お忍びの意味知ってる? とにかく、今回あんたを連れてくつもりはないから。大体、来たってあんた、王様とかの前だと全部あたしに押し付けて、黙ってそこら辺に突っ立ってるだけじゃない」

「そりゃ誰かさんと違って、ボクは王様なんかと——ロムルス様と仲良しじゃありませんからぁ~」

 揶揄する口調に、マグナの眉間に皺が寄る。

 え、怖い。

「だいたい、ズルいんだよ、マグナは」

「ハァ?」

「だって、そうでしょ。ボクが自分じゃルーラ使えないこと知ってて、ヴァイスくんを独り占めしようとするんだから」

 さっきから、リィナがブッ込み過ぎてて、横で見てて怖ぇんだけど。

「……バカじゃないの」

 黙したまま、しばらくリィナを睨み付けていたマグナは、やがてポツリと呟いた。

「ほら。そうやって、また誤魔化す」

「うるっさいな。いっつも、あんたは。色ボケするなら、自分だけにしてくれる? いちいちあたしを巻き込まないでよ」

「えー、色ボケだって。なんで、そんな話になるのかな。ねぇ、ヴァイスくん? ボク達、なんにもヤマシイことなんてしてないのにね」

 いや、俺をダシにしようとするな。

「……お前らってホント、すぐ喧嘩するよな」

「え?」

 思わず漏れた俺の呟きを耳にして、マグナは完全に意表を突かれた、みたいな顔をした。

「そんな風に思ってたの?」

「思ってたっていうか……だって、事実じゃん」

「事実じゃないわよ! こんな風に言い合いしたのなんて——いつ以来だっけ?」

 マグナが尋ねると、リィナは分りやすくそっぽを向く。

「知らない。だって、毎回マグナが勝手に怒ってるだけだもん」

「何言ってんの!? いっつもあんたが余計なことするのが原因じゃない!!」

 なんか似たようなやり取りを、随分前に見た気がするぞ。

 そういやあれは、ロマリアの一件が原因だったか。

 ほら、俺とリィナ、マグナとアルスの野郎が、それぞれ連れ立って過ごした日のことだよ。

 いまにして思うと、シェラとフゥマも一緒だったんだよな、あの時。

 そのロマリアで、今度はマグナと二人で行動か。

 いや、まぁ、向こうに他意はないのは分かってるけどね。

 俺は椅子から立ち上がり、さらに何かを言い返そうとするリィナの肩に手を置いて、マグナに告げる。

「分かった。支度するから、ちょっと外で待っててくれ」

「え、ズルい。ボクも——」

「悪ぃ。ついでにマグナに話もあるから、今回は二人で行くわ」

「話って……?」

 不安げな眼差しを向けるリィナに、俺は笑いかける。

「いや、今回の件をどうすっかって相談だよ」

 リィナの返事を待たず、背中を押して扉に向かわせる。

「さ、二人とも出てった出てった。俺の生着替えが見たいってんなら、お代次第じゃ残っても構わないけどな」

「……別に、そのままの格好でもいいわよ? ロランのところだから、いまさら形式張っても仕方ないし」

 俺の普段着姿を値踏みしながらマグナは言ったが、首を横に振ってみせる。

「いや、ちょっと考えがあるんだ。すぐ終わらせるから、準備させてくれ」

「まぁ……別にいいけど」

 身振りで追い立てると、怪訝な顔をしながらも、マグナは部屋を出て行った。

「なんかなー……」

 拗ねた顔をしているリィナの肩を押して、その後を追わせる。

「次は、ボクに付き合ってね、ヴァイスくん」

「分かった分かった。また今度な」

 まだブツブツと文句を言うリィナを部屋から追い出して、俺は久し振りに袖を通す制服をフクロから引っ張り出した。

6.

 そんな訳で、俺はマグナと二人でロマリアに来ているのだった。

 日が暮れた頃合いに、中央広場に面した酒場に入って、奥まった四人掛けの席につく。

 以前、リィナとサシで飲んだ店の近くだが、別の酒場だ。後から気付いたが、どうやら自分でも無意識にソコを避けたフシがある。

 俺の物ではない買い物袋を隣りの席に置き、襟を緩めて一息つきながら、整髪料の薄く残った髪を掻き上げる。

 この服、すげぇ高級だからさ。あんまこういう雑然ガヤガヤとした大衆酒場には入りたくなかったんだが、いまはマナーにうるさい気取った店に行く気力が沸かないので仕方ない。

 ただでさえ気疲れしてたのに、ロランの元を辞したその足で、あちこち買い物に連れ回された俺の身にもなってくれよ。もうクタクタだぜ。

 と、マグナがテーブルに頬杖をついて、なにやらじっと俺を眺めているのが目に入った。

「なんだよ? 俺の顔に、なんかついてるか?」

「ううん。別に」

 言葉と全く違うことを考えている顔で答える。

 なんだよ。マジで一旦落ち着きたいから、文句なら後にしてくれる?

 とりあえず麦酒エールと軽いツマミを頼んで——自己申告によれば、マグナもそれなりに飲めるようになったらしいので、同じものを頼んだ——来るのを待っていると、頬杖をついたままマグナが口を開く。

「ホラ。だから言ったじゃない。やっぱりあんたは、そういうちゃんとした格好の方が似合うのよ」

「へ?」

 なになに、急に。

「前にシェラと言ったでしょ。この近くの宿屋に泊まってた時に」

 そりゃ、覚えてっけどさ。

「馬子にも衣装ってか」

「せっかく褒めてるんだから、いちいち皮肉で返さないでよ。ホント、そういうトコは変わってないんだから」

 え、褒められてたのか、俺。

 どう答えていいか分からずに、襟元に指をかけてパタパタと扇ぐ。

「あー、それにしても、つっかれたわ。これでジツは何も終わってねぇとか、ウンザリするぜ」

「ねぇ、その服どうしたの? あんな言葉遣いを覚えたのと、何か関係あるの?」

 話を逸らそうとしたのに戻された。

 珍しく、俺なんぞに興味を持つじゃねぇか。

 正直、疲れてて面倒臭かったんだが、仕方なくジパングで別れてからのことを、当たり障りなく説明する。

「——で、この服は、ランシールで来もしねぇお前らを待ってた間に、やってたその仕事の制服だよ」

「行かなかったあたしが悪い、みたいに言わないでよ。知らないわよ、あんたがあそこで待ってたなんて」

「そりゃそうだ。俺が勝手にやったことだからな。けど、いま考えると、あそこでの生活も悪くなかったな。姫さんと探偵ごっこみたいな事したりよ」

「え、なにそれ」

「ん? いや、別に大した話じゃないんだけどな」

 そこで、ちょうど酒とツマミが運ばれてきたので、中断した話はそれきりになった。

「おつかれー」

「お疲れ様」

 追加で腹に溜まりそうな物を注文している間に、なんとマグナ様が手ずからお取り分けくださったお野菜をへへーっとこうべを垂れつつ受け取って嫌がられたりしながら、軽く杯を交わした後は、しばらく適当な会話をして過ごす。

「——それで、今度は何を悩んでるの?」

 ほろ酔い気分で心地よくなってきた頃合いに、マグナがそんなことを尋ねてきた。

「あたしに話って、そのことなんでしょ?」

 あー、うん。

「間違いじゃない」

「なに、その言い方」

 どうすっかな。

 まぁ、こっちを先に話すべきか。

「ジツは、ちょっと悩んでる」

「だから、何をよ」

 俺は昨日のマテウス達との一件をマグナに告げる。

 あの後、さらにヘレナとも話して、『ラーの鏡』が隠されていそうな地元の場所の心当たりも聞き出してあった。

 昔話で聞いただけだから、本当にあるかどうかも分からないのと念を押されはしたものの、あるとしたらそこだろうという洞窟の位置はハッキリしているらしい。

『それより、貴方は一体、何者なの?』

 って、途中で何度も聞かれて、誤魔化すのが大変だったぜ。

「ふぅん。じゃあ、そこに『ラーの鏡』を取りにいけばいいのね」

 マグナは頬杖をつきながら、サラダパスタをフォークに巻きつける。行儀悪いぞ。

「ああ。そうなんだけどさ」

「なによ、ハッキリしないわね。一体、なにを気にしてるのよ」

 いつまでも悩んでても仕方ねぇか。

「いま、お前が言った通りだよ。後でもうちょい詳しい場所を教えるから、『ラーの鏡』を探し出して欲しいんだ」

 マグナはピタリと手を止めて、ジロリと俺をめつけた。

「その言い方は、あんたはついて来ないってこと?」

「うん」

「また勝手に決めて。理由は?」

「さっき話しただろ。王都に残って、チンピラ共を抑える役が必要だ」

「……それを、あんたがやる必要があるの?」

 すぐズケズケと本質を突くの、やめてもらっていいですかね。

「正直、分かんねぇ。だから、悩んでたんだよ」

「ふぅん——あたしの名前、出してもいいわよ」

 意外なことを言われて、マジマジと見返しちまった。

「なによ。あたしの名前を出して、もうすぐ勇者がなんとかしてくれるからって説得すれば、『ラーの鏡』を取ってくる間くらいは、暴動とかを抑えておけるんじゃないの?」

「そりゃ、そうかも知れねぇけど——今回は、やめとくよ」

「なんでよ」

 俺が従わないと、すぐムクれんだよな、こいつ。

 その癖、へいへい言うことを聞いてるだけだと、側にいることすら許してもらえないのだ、きっと。

「前も言ったけど、こいつは単なる勇者の魔物退治だって体裁を手放したくない。善後策を考えると、それが一番いいと思うんだ」

「だったら——」

「けど、いまの時点でマグナの正体を触れ回ったら、きっと利用しようとするヤツがわらわら沸いて出るだろ。王都のチンピラ共だけじゃなく、それこそ各地の反乱軍にも飛び火して、却って騒乱の火種になるのが怖いんだ。だから、連中が気付いた時には、全てが終わってる形にしたい。王様に化けてた魔物は勇者が斃しました。目出度しめでたし、後は復興以外にやることはありませんって具合にな」

「そんなに上手くいく?」

「いかせる。その為に、俺は王都に残って調停役に徹する」

 マグナはなんとも答えずに、正面から俺の目を覗き込んだ。

 なんとか視線を逸らさずに済んだ自分を褒めてやりたい。

「だから、マグナに頼みたいのは、なるべく早く『ラーの鏡』を見つけ出してくれってことだよ。俺が抑え切れなくなる前にな」

「……全然、時間足りなさそうなんだけど」

 マグナの言い草に、思わず苦笑が口をつく。

「だから、なるべく早く頼むよ。マジで」

「さっきの話だと、往復だけでも半月以上かかるんでしょ。ホントにあんただけで抑えておけるの?」

「そこは、マテウスとかクリスも巻き込んで、なんとかするよ」

「呆れるわね。巻き込まれてるのは、あんたの方でしょ?」

 仰る通りですけどね。

「もう一度、聞くわよ」

 マグナは、一拍置いて続ける。

「それを、あんたがやる必要はあるの?」

「……ああ」

 マグナは処置無しとでも言いたげに、ハァと息を吐いて小さく首を振った。

「そもそも最初からよく分からないんだけど、なんであんたがそこまでして、あの国の為に働こうとしてるの? そんな義理ないでしょ」

「いや、ほら、俺って人道主義者だから」

「そういうツマんない冗談はいいから」

 え、傷つく。

「あんたが、そこまで背負い込むようなことに思えないんだけど」

 お袋さんと同じようなこと言うなよ。

「そんなに、あのファングって人が大事なの?」

「まぁ……どうなんだろうな」

 なにそれ、とかマグナは口の中でブツクサ呟く。

「けど、俺が自分でそうしようと思ってすることには、違いないんだ」

 多分、この時の俺は、素直な気持ちを口にしていたと思う。

「最善かどうかは、俺にも分かんねぇよ。だけど、あいつが健在なら、絶対に暴動だの内乱が起こらないように尽力する筈なんだ。そこら辺の一般市民が巻き込まれないようにな」

 軽く、肩を竦める。

「で、俺も人死ひとじには少ないに越したことはねぇだろ、って思ってるだけだよ」

「……それって、そう望んだことによる負担が全部、あんたのトコにかかるってことじゃない」

 あれ。ソコに気付いちまうのか。

「あんたが、そこまでする必要があるの、って聞いてるのよ」

「まぁ、なるべく他人ひとを頼るように気をつけるよ」

 色んな人に叱られたしな。

「何を意地になってるの?」

 いつの間にやら、マグナは俺を気遣う表情になっているのだった。

 ホント、こいつは——絶対、頭で考えて喋ってないだろ。

「なるよ、意地に」

「なんでよ——」

「カッコつけたいんだ。お前の前で」

 ああ。これだけは、絶対に言わないでおこうと思ってたのに。

 自分の意思が、相も変わらず薄弱である事実に落胆するね。

「はい?」

「俺は自分の意思でここにいるんだって——いざとなっても、もう逃げたりしないって、お前に信じて欲しいんだ」

 マグナはちょっと呆然として、あ、うん、とか呟いた。

 そんなに意外でしたか。

 微妙に傷つくんですが。

「この前、俺のこと好きだったって言ってくれただろ」

 過去形で。

「え? う、うん」

「俺は、いまでも好きだよ」

 マグナは、ヒュッとか短く息を吸ったきり動かなくなった。

 構わずに続ける俺。

「じゃあなんで、とかは、いまは置いといてさ。会う度に思い知らされるんだ。やっぱ俺、お前のことが好きみたいだ。どうも、自分じゃどうしようもないらしい」

 あ、しまった。

「って、勘違いすんなよ? 別に、いまさらお前とどうこうなりたいって話じゃねぇからな?」

「……じゃあ、なんでそんなこと言うのよ」

 だから、置いとけっての。

 つか、惚れてるって言ってる相手を、そんな親の仇みたいな目をして睨むなよ。

「なんでって言われても困るけどさ……覚悟? みたいなのを感じて欲しい、のか?」

「あたしに聞かないでよ!」

「いや、そうじゃなくて——とにかく、前よりは腹据えて来てるんだって伝えたかったのかな」

「……相変わらず。自分が満足したいだけじゃない」

「言われてみりゃ、そうだな」

 思わず笑っちまった。

 自分じゃ、少しは変わってるつもりだったんだけどな。

「大体、酔っ払った勢いなんかで言う話なの、それ」

「バカいうな。酔ってなきゃ言えねーよ、こんなこと」

「バカ?」

「あ、いや、スイマセン」

 こっわ

「簡単にそんなこと言って……リィナのことは、どうするつもりなのよ」

 簡単に言ってる訳じゃねぇんだけど。

「ああ、やっぱ、そう思う?」

「だから、あたしに聞かないでってば」

「いや、ハタから見てもって意味でさ。正直、そっちもちょっと困ってる」

「ヒドいこと言うわね、あんた」

「だから、違くて。もちろん、俺はあいつもすげぇ大事だからさ」

 なにしろ、文字通りに命の恩人だ。

「けど、例えば——例えばだぞ?」

「分かったわよ」

「あくまで例えばだけど、俺があいつとそういう仲になったとして、それがあいつにとっていい方向に働く気がしねぇんだよな」

「明らかに色ボケしそうだもんね」

「なんかお前、リィナに対して厳し過ぎない?」

「あたしだって、本人がいないトコで、こんなこと言いたくないわよ」

 マグナはようやく動きを取り戻したように、一旦フォークを取り上げて、やっぱり置いてグラスに手を伸ばした。

「だけど、あんたはこの一年、あのコに振り回されてないから、そんな呑気なことを言ってられるのよ。それとも、あんたがいたら、あのコももうちょっとは大人しかったかもね」

 マグナはニヤニヤと俺を眺めながら、グラスを傾ける。

 なんていうか、成長なされたんですね、マグナさん。

「逆にシェラは、色恋沙汰とかあっても大丈夫そうなんだけどな」

「あ、分かる。あのコは逆に、そういうことがあっても、必要以上にやることはしっかりやりそう」

 何が逆なのか、と考えているお互いの顔に出くわして、苦笑を見合わせる。

「けど、そうは言っても、あたしもリィナに色ボケされると困るのよね。戦力的な意味で」

「俺も、そう思う」

「だから、生かさず殺さずで上手くやってよ。とりあえず、魔王を斃すまでの間でいいから」

「……お前の方が、よっぽどヒドいこと言ってるぞ」

「だって、下手に突き放して落ち込まれても困るでしょ。かといって、色ボケして目の前でイチャイチャされるのも、それはそれで鬱陶しいから絶対嫌だし」

「イチャイチャなんてしねーよ」

「してたじゃない。実際に」

 もしかして、今朝のこと怒ってます?

 自分でも意識しないまま、俺はハーッとため息をついて両手で顔を覆っていた。

「なんで俺、お前らなんかと関わっちまったんだろ」

「後悔してる?」

「ああ、いや、ごめん。違くて」

「分かってるわよ、もう」

「違くて。どいつにも手ぇ出せねぇのに、何やってんだろうな、俺。と思ってシミジミしたんだよ」

 マグナはしばらくきょとんとしてから吹き出した。

「なに、それ? そんなこと考えるの?」

「そんなことしか考えねぇよ」

「え、こわ。やっぱり、連れてくのやめていい?」

「勇者様に二言があっちゃいけないだろ、ご意見番として言わせてもらえれば」

 俺はドヤ顔をしたものだが、マグナはあっさり切り返す。

「じゃあ、そっちも解雇で」

「血も涙もありませんね、女王様」

 ロランが泣いて喜びそうだ。

「あんたが変なことしか言わないからでしょ」

 しれっとした顔で返しやがる。

 くそ、こいつ、手強くなりやがって。

 俺も食事を再開し、適当に料理をつまんだり酒を喉に流し込んだりしながら、問いかける。

「そういや、お前、女王様って呼ばれても嫌がらなくなったな」

 ロランのトコでも思ったけど。

 昔は言われる度に、お姫様の方がいいとかって拗ねてたのによ。

「え? ああ、まぁね。冷静に考えて、そっちの方がまだ合ってるでしょ」

「自分を客観視できるようになったんだな」

 うんうん頷いてみせると、顔をしかめられた。

「偉そうに、なに上から物言ってんのよ」

「いえいえ、とんでもない。まさか女王陛下に上からなど」

「あんたに言われると、なんかムカつくわ」

「えー、ロランにはあんな言われてた癖にかよ。それって、差別じゃね」

 話題に出たからか、それまで全く思ってもいなかった考えが、酒の力も借りてするりと口から出て行く。

「そういや、お前はどうすんだよ。魔王退治が終わったら、ロランと結婚することになってたりすんのか?」

「ハァ? そんな訳ないでしょ、お伽話じゃあるまいし」

「でも、ロランは割りと本気だと思うぜ」

 こいつは何を言い出すんだ、みたいな不信感丸出しの目つきでしばらく俺を睨みつけたマグナは、やがてポツリと呟いた。

「バカじゃないの」

「そうか? 実際、似合ってると思うけどな」

 あ、違う。ロランとお似合いだって言ってるんじゃなくて、女王様がだぞ?

 と、内心で慌てていると、マグナは当たり前みたいに答える。

「いや、あのね。ロランがいるんだから、なれるとしても女王じゃなくて王妃でしょ」

 あまりにも自然に通じていたので、なんだかおかしくて笑っちまった。

「ホラ、考えたことあるんじゃん」

 誤魔化すように続けると、笑っちまった方は誤解されたらしい。

 眉根を寄せて、睨まれた。

「……あんた、ホントに性格悪いわね。人を誘導するようなそういう真似、ホントやめた方がいいわよ」

 そうですね。

「ごめん。冗談だ」

「それ、いっつも口で言ってるだけじゃない。あんたのやることって、冗談になってないのよ」

 とか、ブツクサ文句を垂れる。

 悪かったよ、反省してる。

 ほとぼりが冷めるまで大人しくしているつもりで、黙って杯を傾けていると、同じくしばし無言でチビチビ酒を舐めていたマグナが、ふいに手を伸ばしてきた。

 その指先が、テーブルに置いた俺の左手の指をなぞる。

 くすぐってぇ。

 しばらく放置していると、マグナの口からポツリと言葉が零れた。

「ふふ、骨ばった指」

「そうか?」

「うん。節くれ立ってる。あと、結構長いのよね、身長の割に」

 俺の手を持ち上げて、自分の手の平に合わせる。

「ほら、ほとんど第一関節分出てるじゃない」

「お前の手が小さいだけじゃねぇの」

「そんなことないわよ。シェラより大きいし」

 テーブルの上に戻した俺の手の甲に掌を重ねる。

「あたし、あんたの手、結構好きだったのよね」

「……絶対、過去形だもんな」

 あ、口に出しちまった。

「そりゃそうでしょ」

 マグナはにんまりと笑って俺を眺めた。

 こいつ、ホントに手強くなりやがったな。

ボク初心うぶなんで、そういう思わせ振りな態度やめてもらっていいですか」

「え? やだ」

 ひどく愉しそうに微笑む。

 お前、ジツはかなり酔ってるだろ?

「だって、あんたが昔、あたしに散々してきたことだもん」

 あー……。

「じゃあ、仕方ねぇか」

「そうよ。諦めなさい」

 まぁ、別にいいよ。俺も案外楽しいし。

 これが人心掌握術の一端ってんなら、大したもんだ。

 こいつの為にって気分に、いま実際になっちゃってるからな、俺。

 けど、絶対にそんな計算でやってねぇけどな。トロンとした目つきしやがって。

 どさくさに紛れて、どっかの連れ込み宿にでも引っ張り込んでやろうか。

「ウフ、ウフフフフフフ」

 なにやらひどく愉しそうに笑い出した。

 ご機嫌だ。

 やっぱり、酔っ払ってるだろ。

「そろそろ切り上げとけよ」

「はぁ?」

「もう飲むなって言ってんだよ」

 俺の制止を聞いているのかいないのか、マグナはまたひとしきりウフフうふふと笑い続け、最後に笑顔のままこう言った。

「うるさい」

 ダメだ、こいつ。酒はあんま強くなってねーわ。

 結局俺は、酔い潰れたマグナを背負ってルーラでサマンオサに戻るハメになったのだった。

7.

 その二日後。

 日暮れ時に、サマンオサの宿屋で俺が借りている部屋の扉がノックされた。

 直前まで全く気配がなかったので、多分ルーカスだろう。

 あいつ生意気にも、気配を断つ陰形の技術だけは、なかなかのモンだからな。

「どうした?」

 扉越しに話しかけると、一拍置いて苛立った声が返される。

「合言葉が先だ。忘れたのか」

 えー、もう、めんどくせぇな。

「曙光の煌き」

「ぬばたまの闇。よし」

 よし、じゃねーよ。

 正直、恥ずかしいんだけど。

 扉のこちら側で独り赤面していた俺は、前髪男のひと言で、瞬時に気分を切り替えさせられる。

「例の連中が、討ち入りの準備をはじめているようだぞ」

 は?

「なんだと?」

 俺、なんも聞いてねぇんだけど。

 幹部待遇になったんじゃなかったのかよ。マテウス、あの野郎、せめて自分で請け負ったことくらいは、ちゃんとやってくれよ。

「下手をすると、さして間を置かずに突入しそうな気勢だぞ」

 マジかよ。マグナ達が王都を経って、まだ何日も経ってないってのに。

 まったく、先が思いやられる——いや、言ってる場合じゃねぇな。

「俺は監視に戻る。手を打つなら、早くするんだな」

「ちょっと待て」

 顔の下半分を手で覆いながら、吐き気がするほど頭を回転させつつ言葉を続ける。

「戻る前に、やってもらうことがある——いや、伝えてくれ」

「誰に、何をだ」

 ちょっと待てよ。今考えてる。

 慌ててでっち上げることが出来たのは、綱渡りみたいな運任せの策だけだ。

 くそ、急過ぎるんだよ。時間が全然足りねぇ。

「伝言を頼む。まずはクリスにだ——」

 だが、コトの成否にかかった人間の命の数が、今回はケタ違いだ。

 どれほどか細くても、俺には左右が断崖絶壁みたいに切り立ったその道を渡り切る他に、打つ手がないのだった。

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