7. Ice Cream Castle

1.

 ロマリアの冒険者達が情報交換や報奨金の受け取りに集う場所は、ルイーダの酒場のようなざっくばらんな店ではなく、本当にただの事務所といった風情の殺風景な建物だった。

 ちったぁルイーダ姐さんみたいな洒落っ気が欲しいね、と思いきや、組合所を酒場にするなど不謹慎だという騎士団の意向が働いたらしい。そういやあの偉丈夫も、かなりお堅そうだったからな。

 ありがたいことに、アリアハンで狩った魔物の分も換金してもらえた。

「生きたままだったら、もっと高値で引き取れたんですけどね」

 顔の細工は普通なのに、何故かそれなりに可愛く見える換金係の女の子は、金を数えながらよく分からないことを言った。生きたままってどういうことだ。カサ張ってしょうがないから、多くても一度に数匹しか持って帰れねぇだろ、それじゃ。

 なんにせよ、既にロマリアにも冒険者制度が導入されていたのは、俺達にとって運が良かった。これで、当面の収入源は確保できた訳だからな。

 元から路銀は底をついていなかった上に、しばらくは稼ぎの心配をしなくてもいいくらい、さらに潤った筈なのだが。

「はい、ヴァイスの分」

 財布の紐を握っているマグナは、全財産を十分割して、その一割づつを俺達に手渡した。

 おいおい、四半づつ寄越せとは言わないが、もうちょっと色をつけてくれてもいいんじゃねぇのか?

 そう抗議すると、残りの六割は、今後に備えて蓄えておくのだと返された。こいつ、案外しっかりしてやがる。

 その後、人の良い剣士に宿屋へ案内してもらい、気を抜くと落ちそうになる瞼と格闘しながら、なんとか飯を食べ終えた俺達は、まださして夜も深けていない内から早々に部屋に引き上げた。

 本当だったら、今は昼間の筈だから、つまり徹夜をしたようなもんだ。爆睡しそうな予感があるので、これだけ早く床についても、朝まで目が覚めることはなさそうだ。こっちの時間に体を慣らすには、結果的に好都合だったかもな。

 みたいなことをぼんやりと考えている内に、俺はいつしか眠りに落ちていた。

2.

 明けて翌日。

 朝どころか昼過ぎまで惰眠を貪ってから、俺はのろくさと起き出した。

 どれ、今日はロマリアの様子を窺いがてら、軽く観光でもしてみるかな。

 マグナ達の部屋の扉をノックすると、当たり前のように返事がなかった。とっくに出掛けたらしい。子供はみんな、元気だね。

 一階に下りて遅い朝飯兼昼飯を胃に入れると、俺はあてどもなく城下町の散策を開始した。

 ロマリアは、適当に眺めているだけでも、ずいぶん活気のある街と知れた。騎士団が引き締めている成果か、治安が悪い様子もなく、みんな生き生きと働いている。

 彼らのような仕事を嫌って、やくざな商売に身をやつしているロクデナシとしては、なにやら肩身が狭くて「ご苦労様です」なんて、嫌味のひとつも心の中で吐きたくなるね。

 まぁ、いい街なんじゃねぇの。新しい建物も多くて、古い歴史のある国の筈なのに若々しい印象を受けるしな。

 目抜き通りと思しき喧騒に身を浸して、ぶらぶらほっつき歩いていると、いきなりガキが正面からぶつかってきた。

「いってぇな!気ぃつけろ、バーカ!」

 憎まれ口を叩いて、駆け去ろうとしたガキの動きが止まった。

 うん、俺の銭入れは、革紐で腰にくくりつけてあるから盗めないぞ。いくら治安が良さそうに見えても、やっぱ掏摸くらいはいるもんだな。

「ちぇっ、なんでぇ。おのぼりさんにしては、シメてやがんな」

 悪びれた様子もなく、ガキは銭袋を放って寄越した。

「おのぼりさんかよ。そんな風に見えるのか?」

 受けた銭袋の重みを確認する。よし、中身も抜かれてないな。

「だって、あんた、ここのモンじゃねぇだろ?」

 ガキは頭の後ろで手を組んで、ジロジロと俺を値踏みした。

「分かるのか?」

「丸分かり。服がダセェもん」

 マジか。いちおう俺も、今日は普段着なんですが。

「俺みたいな連中に目ぇつけられたくなかったら、もーちょいマシなカッコした方がいいぜ」

 生意気に言い捨てて、ガキは雑踏に紛れ去った。

 そうか。この街じゃ、俺は浮いてるのか。

 それが本当なら、ガキの言うことにも一理ある。

 俺は、ちょうど傍らに建っていた服飾店に入って——肝を冷やした。

 どうやら女性専用の店らしく、置いてあるのはぴらぴらした女物ばかりだし、どこを見回しても女しかいない。香水だか白粉だかの匂いもキツくて、まるで別世界だ。

 お、下着もあるじゃねぇか。すげぇ量だな。思わずそちらに向かいかけたところで、店員らしき派手な女が近寄ってきたのを発見して、俺は逃げるように店を後にした。

 よく見ると、そんな店がそこら中にあるのだった。今度は、男物が置かれた気軽そうな店を慎重に選んで入り、適当な服を見繕って宿屋に戻った。

 そうこうしている内に、夕暮れ時が近づいていた。ちょっと早いが、行ってみるか。

 俺は新しい服に着替えて、昨日知り合った魔法使いのいい女が勧めてくれた賭博場へと足を運んだ。

3.

 地下に造られた賭博場は、照明もほどよく薄暗く、酒や煙管や香水の匂いの充満した、どこか退廃的な雰囲気を漂わせていた。

 昼の街中が表の顔なら、こっちは夜に属する裏の顔といったところか。いい感じじゃねぇの。

 タマには子守から解放されて、大人の時間を満喫したところで、誰に文句を言われる筋合いでもねぇよな。

 壁際にずらりと並んだテーブルゲームは、俺の知らないものばかりで、ルールが分からないとカモにされそうだった。

 ひやかしながらぶらついていると、変なおっさんが妙な節回しでドラ声をあげているのに出くわした。

「はいはい、そこ行くシケた顔したお兄ちゃん。もうすぐ手に汗握る魔物同士の賭け試合がはじまるよ。黙って買えばピタリと当たる。オイラの予想さえ聞けば、そのシケた面相もご満悦になること間違いなしだ」

 全面がガラス張りされた、店の中央にある半地下の空間は、どうやら格闘場らしい。生きたまま魔物を捕らえた方が高額だと、冒険者の組合所で言われたのは、つまりここで戦わせる為か。

 ふぅん、これだったら、俺にも当てられそうかな。

4.

 金を取るというので予想を断ると、「おいおい、そんなシケた性根じゃ当たるモンも当たりゃしねぇやな」と悪態を吐かれた。ナメんなよ、こちとら魔物に関しちゃ一家言ある冒険者だぜ。

 賭札の売り場に行くと、次の対戦はフロッガーと人面蝶、それにバブルスライムという面子だった。まぁ、この中ならフロッガーだろ。あの蛙の化け物は、案外手強いからな。

 配当が二倍しかつかないのが多少気にかかったが、結局、俺はフロッガーを選んだ。我ながら手堅いぜ。こういうのって、性格出るよな。マグナだったら、配当十倍の人面蝶を買ったに違いない。

 試合開始まで、まだ少し時間があるようだった。酒を飲みながらガラス越しに観戦できるみたいなので、俺は空いたテーブルを探して格闘場の周りをうろついた。

「あら、ヴァイスさん」

 いたいた。

 期待していた通りに、例のいい女が向こうのテーブルで手を振っているのが見えた。

「よう、寄らせてもらったぜ」

 俺を誘っといて、自分もここに居るってことは、こりゃ先まで期待できるかな。

「ここ、いいかい」

「もちろん。どうぞ、座って」

 いい女は、嫣然と微笑んだ。

 茶色がかった長い髪を後ろでまとめて、造花だと思うが花をあしらっている。ワンピースというか、体にフィットした簡素なドレスの胸元が大きく開いていて、谷間をばっちりと拝めた。

 マグナ以上、リィナ未満ってところか。いやはや、丁度いい大きさだ。何に丁度いいかは置いとくとして。

 それにしても、ホントにいい女だな。張り出した腰つきの色っぽさときたら、文句のつけようがねぇよ。昼間の街中でも、これほどいい女にはほとんどお目にかからなかったぞ。なんでこんな女が、冒険者なんかやってんだ?

「あら、早速、ロマリア仕立ての服を着てるのね。似合ってるわよ」

「そうか?適当に買ったんだけどな」

 なんだかよく分からない幾何学模様の開襟シャツと黒っぽい下穿きという格好だ。どうやらお世辞臭いが、誉められて悪い気はしない。

「けど、あんたほどじゃないさ。よく似合ってる。やっぱ美人は、なに着ても似合うね」

 誉め返したつもりが、いい女は軽く苦笑を浮かべた。

「ありがとう。でも、なに着ても、なんて言っちゃダメよ」

 ありゃ、そうですか。別に、どうでもいい、みたいなつもりで言ったんじゃないんだけどな。

5.

 減点をはぐらかそうと、俺は給仕を呼び止めて、いい女と同じ酒を頼んだ。ロマリアの銘柄なんて知らねぇし、注文でもたついたらカッコ悪いだろ。

 すぐに届けられた酒は、なんだか甘ったるい味がした。女向けか。失敗の上塗りかね、こりゃ。

「ところで、冒険者になってどれくらい経つんだ?」

 素知らぬ顔で話を変えてやった。真っ先に思いついた共通の話題がこれだったので、色気がないのは大目に見てくれ。

「まだ、ひと月ちょっとってところよ。冒険者制度自体が、ほんの数ヶ月前にはじまったばかりだしね」

「どうりで……」

「なぁに?」

 迂闊なことを言いかけて口篭った俺を、いい女は頬杖をつきながら眺めた。

「……いや、戦い方が素人臭い訳だな、と思ってね」

 大丈夫そうだと踏んで、俺は正直な感想を述べた。

「ふふ、ヒドいのね。そりゃあ、あなた達から見れば、そうなんでしょうけど」

「でも、アリアハン城周辺の魔物は、もっと弱っちいからな。はじめて冒険に出るヤツでも経験を積み易いんだが、ここは魔物もそこそこ強いから、苦労するだろ」

「そうね。まだまだ、ちょっと戦う度に逃げ戻るような有様よ、お陰様で。昨日も、あなたが助けてくれなかったら、本当に危なかったわ。改めてお礼を言うわね」

「いやなに。別に大したことじゃねぇさ」

 そろそろ色気のある方向へ、話を持っていこうとしたのだが。

「あ、はじまるみたいよ」

 魔物同士の賭け試合が始まろうとしていた。そういや、すっかり忘れてた。

「どのコに賭けたの?」

 いい女が尋ねてきた。フロッガーだと答えると、あら堅いのね、と笑われた。どうせなら、違う場面で言われたい台詞だ。もとい、いい女はバブルスライムに賭けていた。

 試合が開始されて間も無く、人面蝶がマヌーサ効果を持つ鱗粉をフロッガーに振りかけた。ちょっ、お前、なにやってんだ。

 当たりさえすれば、人面蝶もバブルスライムもほとんど一撃の筈なんだが、混乱したフロッガーはあらぬ方を攻撃するばかり。その間にバブルスライムは人面蝶を倒し、続いてフロッガーに狙いを定めた。

 そしてついに、一度も有効な打撃を敵に与えることなく、フロッガーは地に頽れたのだった。

 おいおい。

6.

「残念でした」

 からかうように言って、いい女は自分の掛札をひらひらさせた。これで三連勝だそうだ。性格的に賭け事には向いてないのかもな、俺。

「もうひと勝負してみる?」

「……いや、止めとくよ」

「あら、浮かない顔ね。外れたのが、そんなにショックだった?こんなの、時の運じゃない」

 というか、見ていて思ったんだが。

「外れたのは、別にいいんだけどさ。なんていうか、魔物とはいえ殺し合いをさせてるトコを、酒を飲みながら見物するなんて、あんまりいい趣味とは思えなくてね」

「へぇ。そんな風に考えたことなかったな。皆、魔物にはヒドい目に遭わされてるし、だから、この見世物も、ここでは人気あるのよ。あなただって、日頃から魔物の相手をしてるでしょうに、ずいぶん優しいことを言うのね」

「優しいってのは、どうかな」

 俺にとって、魔物とはこちらの命を狙って襲い来るものであって、それがこんな風に単なる人間の賭け事の道具として扱われているのを見るのは、なんとなく複雑な心境だった。

 お前が普段から苦労している相手など、実際はそれほど大したモノではないんだぞ、と見せ付けられた気分だ。

「ガキ臭い感傷だよ。それだけ、この国の連中が逞しいってことなんだろうさ」

「そうね。ちょっと子供っぽいかもね」

 いい女は、くすりと笑って俺の頬に手を伸ばした。

「でも、嫌いじゃないわよ、そういうの」

 おや?こいつは、棚からボタ餅ってヤツですか、ひょっとして。

「それとも、アリアハンの男は、みんなそうなのかしら?」

「……いや、変わりモンってのは、どこにでも居るもんだろ」

「かしらね。じゃあ、魔物の殺し合いがお気に召さない変わり者さんは、この後どうするつもりなの?」

 どうやら、ある程度は向こうもそのつもりだったみたいだな。

 河岸を変えてお互いのことをもっと分かり合うってのはどうだい、ってのは、冗談めかして言っても臭過ぎるか、などと俺が言葉を選んでいると、いきなり邪魔者が闖入した。

7.

「やぁ、スティア。スティアじゃないか」

 いい女を快活な口調で呼んだのは、身形みなりの良い優男だった。年の頃なら、俺より五から十歳ほど上だろうか。

 そうそう、スティアだ。いい女の名前。ジツはうっかり忘れてて、どうやって聞き出そうかと悩んでたんだ。

「いつもに増して美しいのは、どうした訳だろう。おや、キミが着ているそれは、ドルジラの最新作だね。うん、思った通りよく似合う。はじめて目にした時に、真っ先にキミの姿を思い浮かべたボクのセンスも、まんざら捨てたものではないね」

 喋りながらつかつか歩み寄ってきた優男は、スティアの手を取って甲にくちづけをした。

 なんだ、こいつ。どっかの金持ちのボンボンか。柔らかそうな金髪の巻き毛が鬱陶しいぜ。

「私なんかをおだてても、なにも出ませんわよ、ロラン様」

 まんざらでもなさそうに微笑むスティア。

 ロランとかいう優男は、目の辺りを手で覆って大袈裟に首を振った。

「ああ、ロラン『様』だなんて言い方はよしておくれよ、スティア。キミとの間に、壁を感じてせつなくなってしまうよ」

「でしたら、どのようにお呼びすればよろしいかしら?」

「以前のように、ただロランと、どうか呼び捨てておくれ」

「分かりましたわ、ロラン。本当はとんでもないことだけれど、他ならぬ貴方がおっしゃるのだから、大丈夫よね」

「もちろんだとも。誰にも文句は言わせないよ。ボクらの仲を引き裂こうだなんて不埒者は、この手でもって取り除いてお目にかけるさ」

 ちなみに俺は、二人のやり取りをぼけーっと間抜け面で見守っていたりする。だって、口を挟める雰囲気じゃねぇんだもん。

8.

「それにしても、こちらではずいぶんとお見限りでしたわね、ロラン」

 ロランとやらは、大仰に肩を竦めてみせた。

「キミも知っての通り、ウチにはうるさ方が多くてね。しかも、少々厄介な問題が持ち上がってしまったものだから、お陰で遊びもままならないよ。ボクから遊びを取ったら何も残らないという事実を、ウチの連中はどうしても理解してくれないんだ。息苦しくて仕方ないよ」

「相変わらずお忙しそうですわね。こんなところで油を売っていらして、大丈夫なのかしら」

「キミに気遣ってもらえるとは、望外の極みだね。だが、心配はご無用さ。後のことは、全て爺に任せてきたからね」

「また押しつけていらしたのね。遊びもままならないだなんて、よくおっしゃいますこと。考えをまとめる為の気分転換だと、素直にお伝えになればよろしいのに」

「まったく、キミには敵わないな。誰よりもボクを理解してくれていることに、ボクはこの上ない感謝を捧げるべきなんだろうね」

 それにしても、よく口の回る野郎だった。だが不思議と、いわゆる女ったらしという印象は受けない。

 それはおそらく、ロランの語っている全てが中身の無い軽口で、本気で口説こうとしている台詞がひとつも無いことが、初対面の俺にすら感じ取れるくらいあからさまだからだろう。

 どっちかと言えば、コイツはそう、お調子者だ。

「ところでスティア、こちらは?」

 今さら俺の存在に気付いたように、ロランは問いかけた。

「ああ、紹介が遅れてごめんなさい。こちらはヴァイスさん。アリアハンの冒険者なのよ、彼」

「へぇ、君がそうなのか。これは奇遇だな……ああ、いや、アリアハンの人に会うのは、冒険者制度の導入を手伝いに、顧問として幾人か来てくれた時以来だよ」

 ロランは俺に向かって右手を差し出しながら、にこやかに笑った。言いたかないが、様になってやがる。

 こんなにちゃんとした握手なんて、どれくらい振りだろう。もしかしたら、生まれてはじめてかも知れない。

9.

「どうも、ヴァイスです」

 なんだか自分の声が、ヒドく野暮ったく耳に届いた。

「ロランです。よろしく、ヴァイス君。どうだい、ロマリアの女性は美しいだろう」

 キラリと歯でも光りそうな、いい笑顔を向けてくる。

「はぁ、まぁ、そうですね」

 さっぱり冴えない返事をする俺。なんか、軽く落ち込んできた。

「だろう?ロマリアの女性は、元から美しいのはもちろんだが、さらに自分に磨きをかけることに余念がないからね。こちらにおわします美の女神のように」

 今度は、スティアに微笑みかける。いや、まぁ、スティアがいい女だってのは論を待たないところだけどさ、なんかムカつくぞ、こいつ。

「彼女達をもっと輝かせる為に、この国は世界でも最高の服飾師や美容師を集めているのさ」

 ロランは、まるで自分の手柄のような口振りで言った。こいつは、呉服屋の坊ちゃんかなにかだろうか。

「美女は、国の宝だよ。その場に居るだけで、男達のやる気を際限なく引き出してくれる。いや、もちろん彼女はお飾りなどではなく、その美しさに似合わぬ有能な冒険者であることは言うまでもないけれどもね」

「さあ、それは、どうでしょう」

 スティアは、苦笑を浮かべた。

「つい昨日も、魔物に襲われて危なかったんですのよ。こちらのヴァイスさんが助けてくれなかったら、今こうして貴方とお話しすることもできなかったんじゃないかしら」

「おお、それはそれは。国の宝の窮地を救ってくれたことに、お礼を言わなくてはならないな。スティアが居ない世界など、ボクには想像もできないからね。いや、本当に感謝するよ」

 あんたにお礼を言われる筋合いはねぇよ。

 とは言わず、俺はいやなにとか漏らしながら、曖昧に頷いていた。なんか圧倒されてんな、俺。

10.

「それで、ロマリアにはいつまで滞在いただける予定なのかな?」

「いや、それは俺が決めることじゃねぇから……ウチのリーダー次第だな」

「あの、ちょっと気の強そうな女の子ね」

 スティアの言葉に、ロランは反応を示した。

「おや、君がリーダーじゃないのか。女の子とは、珍しいね」

「ええ。それどころか、彼以外の三人は、どのコもとっても可愛らしい女の子ですのよ」

 まぁ、あえて訂正する必要もないか。

「へぇ、それは羨ましいね。是非とも、その子達にもお目にかかりたいな。どの道しばらくは、ここに滞在するんだろう?」

「そりゃ、まぁ……」

「では、その間は、どうかロマリアでの生活を楽しんでくれたまえ。ここは、いい国だよ」

 来た時と同じくマイペースで立ち去ったと思ったら、別のテーブルに寄って「ああ、クラウディア。久し振りに見るキミは眩し過ぎて、ボクはとても目を開けていられないよ」とか、ロランがほざいているのが聞こえた。

「なんだ、ありゃ」

 ポツリと漏らすと、スティアはくつくつと喉を鳴らした。

「久し振りにお会いしたけど、相変わらずだわ。お元気そうでなにより」

「いったい何モンなんだ、あいつは?」

 スティアは顎に指を当てて、少し視線をさまよわせた。

「ん~、そうねぇ……今のやりとりの後じゃ、私からはちょっと言い難いなぁ。あなた、ヨソの人だから」

 訝る俺に向かって、その内分かるんじゃないかしら、とスティアは告げた。

 あんなヤツ、別にどうでもいいけどな。

「それより、この後どうするの?」

 俺の目を見つめて、スティアが尋ねた。

11.

 結局、俺はそのまま宿屋に戻ってきた。

 なんていうか、すっかり毒気を抜かれてしまって、スティアとどうこうする気分にならなかったのだ。あのロランとかいうお調子者さえ現れなきゃ、今頃はよろしくやってたと思うんだけどな。

 まだ宵も浅いので、晩飯でも食おうと一階の酒場兼食堂に行くと、よく見知った先客が待っていた。

「あ、ヴァイスさん、こっちです」

 シェラの呼びかけに軽く手を上げて応え、四人掛けのテーブルの空いた席に腰を下ろす。

「またあんた、部屋でゴロゴロしてたの?」

 と聞いてきたのは、もちろんマグナだ。

「いや、適当にぶらぶらしてた」

 俺は、あまりあからさまにならないように気をつけながら、マグナとシェラに目をやった。

 二人とも、見たことのない格好をしている。

 マグナは体の線がくっきりと出る袖なしの襟付き服を着ていて、胸の膨らみが本来以上に強調されて見えた。座った時にちらりと目に入ったが、エラく丈の短いスカートを穿いてやがる。

 シェラは、もう少しゆったりとしたフリル付きのワンピースを身に纏い、肩に薄いショールをかけていた。

 どうしてどうして、ウチの娘共も負けてないじゃねぇの。

「それ、今日買ってきたのか?」

 注文を済ませてから、なんとなく聞いてみると、シェラが大いに反応した。

「そうなんです!ここ、もうすっごい可愛いお洋服が沢山あって、アリアハンには無いお化粧品とかもいっぱいあって、マグナさんと一緒にすごいお店を回っちゃいました!どうですか、これ?」

「あ、ああ。よく似合ってるよ」

 二人とも……ダメだ。考えても、ロランみたいな台詞は思い浮かばねぇ。つか、浮かんだところで、こっ恥ずかしくて口にできないから、別に構わないんだけどな。

 シェラはかなり興奮している様子だった。俺のなおざりな誉め方でも、身をよじって喜んでいる。

 一方のマグナは、ジトーっとした目つきで俺を眺めた。

12.

「ヴァイスもそれ、ここで買ったの?」

「ん?ああ、まぁな。なんか、おかしいか?」

「おかしいって言うか、なんかね~……まるで、どっかのチンピラみたいよ」

「そうですね。ヴァイスさんには、もうちょっとちゃんとした服の方が似合うと思います」

 うは、二人揃ってダメ出しされた。うるせーよ、柄の悪い冒険者連中との付き合いが長ぇから、自然とセンスも引っ張られちまったんだよ。

 てことは、スティアのあれも、やっぱりお世辞だったのか。ちょっと落ち込むぜ。

「明日はあんたも、あたし達に付き合う?もうちょっとマシな服を見立ててあげるわよ」

「って、お前ら、まだ買うつもりなのか?」

 マグナは呆れた目つきで俺を見た。

「当たり前じゃない。今日は様子見で、結局一着しか買わなかったんだから、どうやって着回せっていうのよ」

 知らねーよ、そんなこと。

「でも、お前ら確か、アリアハンから服を沢山持ってきてただろ」

 それを着回せばいいじゃねぇか。

 ところが、マグナは処置なしといった按配で首を振って溜め息を吐いた。

「ぶらぶらしてたんなら、街の人が着てる服を見て気付かなかったの?」

「なにが?」

「あのね、こことアリアハンとじゃ、流行どころか服の基本の形からして全然違うの。そりゃ、お気に入りも持ってきた中にはあるけど、ここで着るにはちょっとね」

 そんなモンかねぇ。確かに、ここの方が垢抜けてる感じはするけどさ。

「まぁ、よかったらついてくれば?それと、明日こそリィナを連れていかなきゃね」

「もちろんです!」

 シェラが、聞いたこともないような決然とした口調で宣言した。

「あの素材で、いつも道着ばっかり着てるなんて、とてもとても許せません!明日はもう、いろんな服を試着してもらっちゃいますから!」

 シェラは、イシシシみたいな、何かを企んでいる風の悪そうな表情をふざけて浮かべた。ああ、お前、そんな顔もできたんだな。なんだか、娘の知らない一面をはじめて目にした父親みたいな気分だぜ。

 噂をすれば影、と言うが。

 その着たきり雀が、いつもの格好で食堂に入ってきて、俺達を見つけるなり声をかけた。

「あ、いたいた。あのねー、なんだか王様がボク達に会いたいから、明日にでもお城に来いってさ」

 はぁ?いきなり何を言ってるんだ、こいつは?

13.

 リィナの言ったことは、どうやら冗談ではなかったらしく、翌日城に上がった俺達は、門前払いを食らうこともなく丁重に通された。

 左右に尖塔を配した城は、現在も改修の真っ只中のようで、街中の建物によく見かけた華美で繊細な新しい部分と、質実剛健といった趣きの古い造りが入り混じっていた。

「申し訳ありませんが、こちらでしばらくお待ち下さい」

 控えの間まで俺達を案内したメイド服が、頭を下げてそう告げた。

 アリアハンのそれよりも凝っているのに、すっきりとして見える。シェラが、物欲しそうな目をしてメイド服を見送った。着てみたいとか思ってるんだろうな。

 普通がどうなのかも知らないが、ここの城では控えの間と言っても、やたら広くて豪華だった。

 びっくりするほどケツが沈み込むソファーに腰を下ろして、マグナが誰にとも無く呟く。

「ロマリアの王様が、一体なんの用なの?」

 勇者絡みの話をされるのではないかと、危惧しているみたいだった。

 答えるべきはリィナだろうが、例によって何も知らないとのたまいやがった。たまたま冒険者の組合所に居たところに騎士がやってきて、要件だけ告げて帰ってしまったらしい。

 それほど待たされることもなく、さっきのメイド服が俺達を呼びに戻ってきた。

 後について歩くと、天井の高さに圧倒される。どうして城ってのは、こう闇雲にデカいのかね。いや、他にはアリアハンの城しか知らないけどさ。

 ほどなく目の前に現れた両開きの扉を、左右に控えた侍従が厳かに押し開けた。

 おそらく謁見の間と思しき室内は、本来はこんな少人数に向けたものじゃないんだろう、バカみたいに奥行きがあった。はるか先の方に、何人か人影が佇んでいるのが目に入ったが、それ以外は誰も見当たらない。どうやら、人払いがされているようだ。だだっ広いので、異様にガランとして目に映る。

 背後で扉の閉まる音を聞きつつ、赤い絨毯の上を進み、ある程度近づいたところで俺は気がついた。

 おいおい、あの階段の上にいるのは、ひょっとして。

「やぁ、わざわざお呼び立てして申し訳ない」

 玉座から立ち上がって、昨夜目にしたばかりの朗らかな笑みを浮かべたのは、誰あろうロランだった。

14.

「ああ、畏まらなくて結構ですよ。こちらの都合でお越しいただいた訳ですから」

 膝をついたマグナに倣おうとした俺達に、ロランはにこやかに語りかけた。

「はじめまして、アリアハンの冒険者諸君。ロマリア国王のロムルスです」

 ん?ロランてのはあだ名か何かなのか?

「こちらは、騎士団長のマルクス卿」

 ロランは、こちらから見て左隣りの騎士を示した。おととい会った偉丈夫じゃねぇか。

「それから、大臣のセネカです」

 右側には、立派な正装のカクシャクとした爺さんが立っていた。

「アリアハンの冒険者、マグナと申します」

 マグナは、偽名を使わなかった。まぁ、正解だろうな。シェラとリィナの手前もあるし、慣れないことをしてもボロを出しそうだからな、こいつの場合。

 続いて、俺達がたどたどしく名乗るのを待って、ロランはマグナに向かって微笑みかけた。

「それにしても、話には聞いていたけれど、これは可憐だ。失礼ながら、とても冒険者とはお見受けしませんね」

 なんと返事をしたら良いか分からなかったのだろう。マグナは一度開いた口を閉じて、身形を気にする素振りを見せた。

 ちなみにマグナは、ここに来る前に大急ぎで新たに調達した、昨日よりは肌の露出が少ない服を身に着けている。なにしろあのスカートじゃ、膝をついただけで中が見えちまいそうだからな。

 さらにべんちゃらを言い募ろうとしたロランの横で、偉丈夫——マルクスが咳払いをした。

「宜しいですかな、陛下」

「ああ、そうだね。頼むよ」

 ロランが促すと、マルクスはもうひとつ咳払いをして、口を開いた。

「その方らに参ってもらったのは、他でもない。とある罪人を、早急に捕らえて欲しいのだ」

「あたし達に、ですか?」

「そうだ」

 重々しく頷いてみせてから、マルクスはぶつぶつと小声でひとりごちる。

「まったく、このような折にこそ、ファング殿さえいらっしゃれば、このような者達に頼む必要もなかったのだが……」

 ファングって、サマンオサの勇者とか言ってた、あの偉そうな喧嘩好きのことか?

 あいつ、結構有名人なんだな。

15.

「失礼だよ、マルクス」

 ロランが窘めるも、マルクスはまだ不満気な様子だった。

「しかし、陛下。西方の魔物討伐に際して彼が見せた、まことに見事な手際は憶えておいででしょう」

「でも、彼は今ここには居ないんだ。それに、私はあの人は苦手だよ」

「しかしですな、この様な何処の馬の骨とも……」

「マルクス」

 ロランに強い調子で名前を呼ばれて、マルクスはまた咳払いをした。

「失敬つかまつった。えぇと、それでだな……そう、罪人の名はカンダタと申す。捕らえた賊の一味によれば、これより北に上ったカザーブより西にある、シャンパーニの塔とやらを根城にしておるらしい。速やかにこれを捕らえ、彼奴の奪いし物を取り戻すのが、お主らの使命だ」

「使命って言われても……」

 あんた達に命令される義理も筋合いも無い、と言いた気なマグナに、ロランは取り成すように語りかける。

「もちろん、これは命令ではなく、お願いです。報酬も、きちんと用意させていただきますよ」

 マグナの顔つきが、心なし変わって見えた。金で釣られるヤツじゃないと思うんだが。

「その盗まれた物って、何なんですか?」

「それは……」

 言い淀んだ偉丈夫の後を受けて、ロランが続けた。

「お願いしようと言っているのに、そんなことを隠しても仕方ないだろう。やっぱり、私が話すことにするよ——いちおうご内密に願いたいのですが、恥ずかしながら、王位継承の証たる『金の冠』を盗まれてしまいましてね」

 とんでもないことを、ロランはさらりと話した。エラくお軽い王様もいたもんだ。

「陛下!」

「まぁ、いいからいいから。それで、そのカンダタ一味というのが、なかなか手強い奴等でしてね。本来ならば、我が国の冒険者に頼むべきなんでしょうが、まだまだ経験が不足していて、どうにも心許ない。

 どうしたものかと悩んでいた折に、あなた方のご活躍を知らされましてね。アリアハンの冒険者であれば、おいそれと彼奴らに遅れを取ることもないだろうと考えて、こうしてお越しいただいた次第です」

「……もうひとつ、いいですか?」

 マグナは用心深い目をして、ロランを見上げた。

16.

「どうぞ。なんなりと」

 マグナの強い視線を涼しい顔で受け止めて、ロランは凝っと見つめ返した。その瞳には、なんというか、とても興味深そうな色が浮かんでいる。

 そういえば、ロランは俺達には一瞥をくれただけで、ずっとマグナだけを見ているような気がする。昨日顔を合わせてるってのに、俺なんかは完全に無視されてるもんな。

「どうして、あたし達なんですか?いえ、ロマリアの冒険者には荷が重いというお話は伺いましたけど、強力な騎士団がいらっしゃるじゃありませんか。なのに、あたし達に頼むのは、何か特別な理由でもあるんですか?」

「ご尤もな質問です。実はですね……」

「陛下!!」

 それまで無言だった爺さんが、はじめて声をあげた。

「それ以上は——」

「いいんだよ、爺。こちらはお願いする立場なんだ。隠し事をしてちゃ、信頼関係を築くこともできないだろう。ですよね?」

 マグナは、小さく頷いた。

「お聞かせいただけないのなら、お受けできません」

「ほらね」

「しかし……」

「しかしもかかしも無いんだよ。もしかしたらご存知かも知れませんが、我が国と隣国のポルトガは、昔から犬猿の仲でしてね。ずっと小競り合いを続けてきた間柄なのです」

「はじめて知りました」

「そうですか。アリアハンからいらしたばかりでは、それも当然なのかな。いや、私の代になってからは小競り合いも収まった……というか、国交を断ちましてね。現在は、おいそれと人の行き来が出来ないように処置してあるのです」

「はぁ」

 マグナは、いまいち要領を得ない返事をした。

「おお、これは申し訳ない。まだ回りくどかったようだ。では、結論から申し上げましょう。つまりですね、こちらの騎士団長や爺は、今回の件がポルトガの陰謀ではないかと懸念しているのですよ」

17.

「もし、その危惧が当たっているとしたら、犬猿の仲とはいえ、血統的には親戚筋ですからね。色々と面倒なことになるかも知れない。あなた方が存じ上げたところで、あまり意味はありませんので、詳しくは申しませんが」

 隣りのセネカをちらりと伺いながら、ロランは言葉を続ける。

「人の往来を絶っているとは言い条、絶対ではありませんし、それにポルトガには船舶もあります。不測の事態に備えて、今は騎士団を動かしたくないというのが、こちらの都合なのです」

 今度は、騎士団長の方に視線を投げる。

「それに、騎士団が動いてしまえば、我が国で何かあったことは諸国に筒抜けですからね。表向きには、我が国は『金の冠』を盗まれた事実など認めておりませんので、国内外を問わず変に勘繰られたくないのですよ。そこで、あなた方にお願いさせていただこうと考えた次第でして」

「そういうことですか」

 自分が勇者だから、という理由ではないと分かり、マグナはほっとした様子だった。

「お引き受けいただけますか?」

「それは……」

 マグナは、ちらりと俺達の方を見た。そうだな、ちょっと相談する時間が欲しい。

 俺は、小さくかぶりを振ってみせた。

「少し、考える時間をいただけますか?」

「それは、いかん!早急にと申したで——」

「おお、もちろんですとも。ずいぶんとぶしつけなお願いですからね。できればお早めに返事をいただきたいが、今すぐにとは申しません」

 ロランは騎士団長を制して、安心させるようにマグナに微笑みかけた。

「ありがとうございます。それでは、宿に戻って皆と相談をしてから、明日にでもまた伺うということで宜しいでしょうか」

「もちろん結構ですとも。なんでしたら——いや是非とも、今日のところは我が城にご滞在ください。ご相談がまとまり次第、お伝えいただければ、こちらとしても助かります」

「いえ、でも、あの、荷物とかありますし」

「必要な物は、全てこちらで揃えさせていただきますよ。お持ち物で何かご入用があるようでしたら、宿を教えていただければ、人をやらせますが」

「いえ、それは遠慮します」

 マグナは慌てて断った。どうせまた、部屋の中はとっ散らかっているんだろう。

「分かりました。一泊だけなら、特に必要な物はないです」

「ならば、決まりだ。そうそう、お受けいただけるかどうかに関わらず、宿の代金はこちらで持たせていただきますよ。突然お呼び立てした、せめてもの罪滅ぼしです」

 ロランはにっこりと、彼の年齢や立場ではあり得ないような無邪気な笑みを、マグナに向けた。

「それでは、今夜一晩はゆっくりとおくつろぎください。後ほど、晩餐をご一緒させていただければと思います」

18.

「素敵な王様でしたね~」

 控えの間に戻されて、少し待つように告げたメイド服が立ち去ると、早々にシェラが口を開いた。

 いやいや、あのな、あいつの実態は、単なるお調子者の優男だぜ。

「ボク、王様っていったら、お爺ちゃんばっかりなのかと思ってたよ」

 とリィナ。

「あ、私もです。お歳を召した方ばかりでなく、あんなに若い王様もいらっしゃるんですね。王様とは思えないほど気さくな感じで、びっくりしました」

「そうね、素敵かどうかはともかく、王様らしくないのは確かね。他に王様なんて、ひとりしか知らないけど」

 マグナは、あまり興味が無さそうな口振りだ。

「そんなことより、どうする、あの話?」

「ボクは、どっちでもいいよ~」

「私も、マグナさんにお任せします」

 まぁ、いつも通りの展開だ。

 マグナも予期していたように俺を見た。

「そうだな……元々は、これからどうするつもりだったんだ?」

「この話が無かったらってこと?そうねぇ……この街、案外住み易そうだから、しばらく腰を落ち着けて、シェラが探してる神殿の話を、誰か知ってる人がいないか聞いてみようと思ってたんだけど」

「え?そ、そんな、いいですよ、私のことなんて、旅のついでで」

「だって、他に目的も……じゃなくて、今のところ、これといった当てがないってだけで、ついでと言えばついでなんだから、別にシェラは気にしなくていいの」

 ふぅん。シェラの探し物が見つかるまでは、旅を続けるつもりはあるって訳か。俺も、それには異存ねぇな。

19.

「でも、う~ん、どうしようかな……」

 マグナは言葉を濁した。

 まさかとは思うが。

「もしかして、報酬に惹かれてるのか?」

 さっきの様子を思い出して問うと、マグナはやや拗ねた顔をした。

「そんなんじゃないけど。ただ、なんか沢山くれそうだったから、そしたらいっぱい買い物ができるかな、ってちょっと思っただけ」

「おいおい、金ならかなり貯まった筈だろ」

「あれじゃ、全然足りないの!リィナの分だって、色々買わなきゃいけないのに」

「ボク?何か買ってくれるの?」

 いかん、話が横に逸れそうだ。

「まぁ、待てよ。それは置いといてだな、正直言って、俺はこの話を受けるのはどうかと思うぜ。どうにもキナ臭ぇ。国同士の陰謀なんかに巻き込まれた日にゃ、どんな厄介事を背負わされるか分かったモンじゃねぇぞ」

「それは、あたしだって分かってるけど……」

 そこで、扉をノックする音がして、数人のメイド服が迎えに現れた。

 どうやら一人づつ別々に部屋が用意されているらしく、俺達は順番に連れ出された。

「いいわ、また後で話しましょ。今すぐ決めなくてもいいって、言ってくれたことだしね」

 最後に残されたマグナの台詞を背中に聞いて、俺は控えの間を後にした。

20.

 俺にあてがわれた部屋は、この城の中ではごく小さい部類なんだろうが、充分に広くて豪華だった。アリアハンで俺が借りていた部屋など三、四個は入りそうだ。調度品から装飾品から、どこもかしこも金がかかっていて、却って落ち着かない気分になる。

 俺を案内して、そのまま下がろうとした年配のメイド服に、マグナの部屋の場所を尋ねた。

 晩餐をご一緒しましょう、とか言ってやがったからな。その席で、依頼を受けるか否か返事を求められるだろうから、それまでに方針を決めておきたい。

 マグナの部屋までは、距離はあったが一本道だったので迷わずに済んだ。

 目隠しをされていた訳でもないのに、景色が見慣れないからどこも同じように思えて、自分が城のどの辺りにいるのか、さっぱり分かんねぇ。柱や壁の新しさから、辛うじてここは増築された部分だろうな、というのが判断できる程度だ。

 ノックをしても、返事がなかった。念の為に確かめてみると、あっさりと扉が開く。

 入ってすぐには誰も居なかったが、本来は侍従が控えて応対をするような、ちょっとした小部屋になっており、さらに奥へと続く扉が見える。俺にあてがわれたよりも、ずっと高級な部屋のようだ。

 奥の扉をノックしても返事がなかったので、再び勝手に開けてたじろいだ。

 俺の部屋の三倍はあろうかという広さで、先程の部屋が庶民のそれに思えるくらいアホほど豪奢な内装だった。

 物珍しさに惹かれて、毛の長い絨毯に足を取られながら、思わず中に入る。

 うはー、天蓋付きのベッドなんて、はじめてお目にかかったぜ。うお、布団も超ふかふかじゃん。くそ、ロランの野郎、ずいぶんとまた差をつけてくれやがったな。

 マグナより先にベッドに寝っ転がってやろうかと考えていると、話し声が近付いてくるのが耳に届いた。

「おや?おい、誰か居ないのか?おかしいな……申し訳ないね。後で、すぐに人をやらせるよ」

「どうぞ、お気遣いなく」

 入ってきたのは、マグナとロランだった。

 俺は——何故か、ベッドの陰に身を隠した。後で考えると、別に隠れる必要なんてなかった筈なんだが、この時は反射的にそうしてしまったのだ。

 強いて言えば、黙って入った後ろめたさがそうさせたんだろう。

21.

「っ……なにこれ」

「お気に召していただけたかな」

「……こんなに凄い部屋だなんて、思ってもいませんでした。これじゃ、ひとりで使うのがもったいないみたい」

「もったいないか。それはいいね」

 謁見の時とは違い、ロランはすっかり馴れ馴れしい調子でハハハと笑った。なにがハハハだ。

「まだ、お受けすると決めた訳でもないのに……」

「いやいや、この程度のことで負い目を感じさせて引き受けてもらおうだなんて、そんな卑怯なことは考えてないよ。あなたは、ボクの大切なお客様だからね。それなりの歓待をさせてもらわないと、こちらの気が済まないというだけさ」

「でも、豪華過ぎて、ちょっと落ち着かないかも知れません」

 俺と同じ感想を漏らすマグナ。そうだよな。こんなトコ、俺達庶民には落ち着かねぇよな。

「すぐに慣れるよ。どうか、我が家と思ってくつろいで欲しいな」

 こんな我が家は、世界中探したってどこにもねぇよ。

「はぁ。じゃあ、折角ですから遠慮なく。わざわざご案内いただいて、ありがとうございました、えっと……ロムルス様」

「ああ、そんな呼び方はよしておくれよ。他の人ならいざ知らず、キミとの間にだけは壁を作りたくないんだ」

 このバカ、また同じこと言ってやがる。

「と言われても、国王陛下に対して、そんな訳には……」

「いやいや、今この場においては、ボクとキミは国王と冒険者ではなく、ただの対等な男と女さ」

 マグナが吐いた小さな溜め息が、俺まで届いた。仮にも国王に向かって、失礼なヤツだ。もっとやってやれ。

「では、なんとお呼びすれば?」

「親しい人は皆、ロランと呼び捨ててくれるよ。ひとりの人間として知り合いと接する時は、国王という肩書きをなるべく忘れていたいからね。ちょっと異国風のあだ名で呼んでもらってるんだ。それから、敬語も止めて欲しいな。普段のキミを知りたいからね」

「……分かったわ、ロラン。これでいい?あたしも敬語は苦手だからありがたいけど、後で怒っても知らないから」

「おお、怒るだなんて、とんでもないよ。うん、普通に喋った方が、さらにもっと、ぐっと素敵だ。それではボクも、失礼してマグナと呼ばせてもらって構わないだろうか?」

「……どうぞ、お好きに。ホントに変わった王様なのね」

 マグナは、ちょっと笑った。呆れてるんだろう。

22.

「全く、おっしゃる通りでね。実際、ボクほど王様なんかに向かない人間はいないと思うよ。キミが代わりに女王様になってくれたら、その方がきっと皆も喜ぶくらいさ」

 マグナが女王様ね。まぁ、確かにちょっと、似合ってるかも知れんが。

「そう言う割りには、街にはずいぶん活気があるみたいだけど。ロランが上手くやってるからじゃないの?」

「ボクの代になって、まつりごとのやり方を色々と変えたのは事実だね。ボクは民に、もっと色々な仕事を与えてやりたいんだ。民の元気は、国の元気だ。元気な国には、隣国はもちろんのこと、魔王とてもおいそれと手は出せないだろう?」

 へぇ。こいつ、少しは物を考えてるんだな。

「冒険者制度の導入も、その一環てわけ?」

「そうだね。それに、古い国の国王なんてものは、これでなにかと不便なものでね。何をするにも手続き手続き。面倒で仕方がない。それで、もうちょっと自由に動かせる手勢が欲しかったのもあるかな。我が国の誇る騎士団の存在には、もちろん感謝しているけどね」

「ああ、あの堅そうな団長さんの。ロランの性格だと、反りが合わないんじゃないの?」

 多分、マグナは顔を顰めてみせたのだろう。

「キミに失礼を働いたことは謝るけれど、どうかそんなに嫌わないでやって欲しいな。彼は、いい男だよ。うるさく言うのが自分の役割だと、割り切ってるのさ。彼は大人だからね」

「ふぅん」

 マグナの気の無い返事に慌てたように、ロランは話題を変えた。

「活気があると言ってくれたけど、どうだい、ロマリアは気に入ってもらえたかい?」

「ええ、まぁ……そうね」

「良かった、嬉しいよ。その服もロマリア製だね。それもドルジラの作品だ」

「それ『も』?」

「ああ、いや、こっちの話。すごく素敵だ。あらん限りの言葉を尽くして誉め称えたいところだけど、キミの素晴らしさに見合う言葉が見つからないよ」

「よく言うわ——ああ、ごめんなさい。でも、ホントに、おかしな王様ね。誰にでも、そんなこと言ってそう」

 てんで相手にしていないように、マグナは呆れて言ったのだが。

23.

「そんなことはない!」

 ロランは唐突に、語気を強めた。

「ああ、ごめん、大きな声を出したりして。謝るよ。でも、ボクはこの通りお調子者だからね。いつもは適当な誉め言葉がペラペラと口をついて出るんだ。でも、今はさっぱり出てこない。それは、キミが本当に素敵だからだよ」

 確かに、スティアにおべんちゃらを遣っていた時よりは、今の言葉には真に迫る様子があった。

 って、おいおい、ちょっと待て。このバカ、まさか本気なんじゃねぇだろうな。

「ちょっと大袈裟だけど、そんな風に言われたの、はじめてかも。お世辞でも、いちおうお礼は言っておくべきなのかな」

「お世辞だなんて、とんでもないよ。ボクは本気で言っているんだ。ああ、どう言えば信じてもらえるだろうか」

「いきなり、そんなこと言われてもねぇ……だって、ついさっき会ったばかりじゃない」

「時間なんて、全然問題じゃないよ。ボクは、キミを見た瞬間にひと目で分かったよ。キミは、何も感じなかったかい?」

「感じるって、何を?」

「ボクらが、どこか似ているってことさ。ボクは、即座に理解したよ。運命的な出会いと言っていい。まるで、分かたれた魂の半身を見出したような感動に震えたのは、ボクだけだろうか」

「はぁ」

 大仰な台詞に、マグナはまた呆れたような溜め息を吐く。

「キミは、本当のボクを理解してくれる。そして、僭越なことを言わせてもらえれば、ボクもキミを本当に理解できる。ボクらは、共に分かり合えるんだ」

「はぁ?」

 マグナは、素っ頓狂な声をあげた。

 このバカ、相手がまだたった十六歳の少女でしかないって、分かってやってんのか?そういう戯言は、承知の上で調子を合わせてくれる大人の女だけにしておけよ。

「ボクはね、なりたくて国王になった訳じゃないんだよ」

 お調子者の乗りが影を潜めて、やたらと真面目な声音でロランは告白した。

「国王なんて、自分には似合わないって言っただろう?あれは、本心さ。ボクは、もっと自分の思うままに、色々なことをしてみたかった」

「ふぅん……そうなんだ」

24.

「でもね、生まれた時から国王になることが定められていた。嫌だなんて言ったところで、誰もまともに取り合ってくれないさ。お戯れを、とか言われて、それでお仕舞いだよ。

 それでも言い募ろうものなら、殿下は国を治めるということを、どう考えていらっしゃるのですか!なんて叱られるんだ」

「……そう」

「毎日毎日、国王という象徴を求める人々に囲まれて、追い立てられるように責務を果たして、もううんざりだ。そりゃ、ちょくちょく抜け出して城下に遊びにいったりはするけどね。それくらいはさせてもらわないと、息が詰まって死んでしまうよ」

 ロランは、どこかで聞いたような告白を続ける。

「ボクが色々と前例のない執政を行なっているのは、言ってみれば本来やりたかった事の代償行為みたいなものでね。それが、たまたま上手くいってしまったものだから、ボクが国王の座を本気で疎んじているだなんて、決して誰も信じてくれないのさ」

「……そうでしょうね」

「でも、キミをひと目見た瞬間に、直感したんだ。キミだけは、ボクを理解してくれる。どうしてそう思ったのかは、自分でも分からない。でも、そんな理由なんてどうだっていいんだ。

 誰も、分かろうともしてくれなかった自分を、理解してくれる人が、すぐ目の前にいる。それが、どれほど素晴らしいことか分かるかい?」

「って言われても……まぁ、分からなくはないけど、あたしはそんなんじゃ……」

 マグナに先を継がせまいとするように、ロランは被せるように言葉を続ける。

「だろう?これでもボクは、人を見る目には自信があるんだ。大勢、人を見てきたからね。そのボクが直感したんだ。ボクにとっての理由なんて、それだけで充分さ。キミには、キミにだけは分かる筈なんだ。ボクにとってキミは、そう、特別なんだ」

「……やめてよ」

 マグナの声は、弱々しかった。

「……ごめん、自分のことばかり喋り過ぎてしまったね。でも、出会って間も無いのに、こんな内心まで喋ったのは、キミがはじめてだよ」

 お前が勝手にペラペラ喋ったんだろうが。

「そうだね、いきなり直感だなんだと言われたところで、信じられる訳がないよね。ごめんよ、キミを困らせるつもりはないんだ。でも、ボクが本気だということだけは、分かって欲しい」

「それは、分かったけど……でも、あたしには何もできないわよ」

25.

「そんなことはないさ」

 やけに自信あり気に、ロランは断言した。

「あっ」

 マグナの小さな叫び声を耳にして、俺は堪らずにベッドのふちから顔を覗かせた。天蓋から垂れた薄絹越しに、ロランに抱き寄せられたマグナが目に入る。

「こうやって、傍にいるだけで、ボクの心臓は破裂しそうなくらい高鳴っているのに。何もできないだなんて、とんでもないよ」

「ちょ……っと、そういう意味じゃ……」

「本当はね、さっきボクがごちゃごちゃ言った御託なんて、どうでもいいんだ。要するに、ボクはひと目で、キミにイカレてしまったんだよ。ボクがキミを求める理由なんて、キミがマグナだから、ただそれだけで充分なんだ」

「あたしが……だから」

 突破口を見つけたみたいに、ロランはさらに言い募る。

「そう、キミは素敵だよ、マグナ。ボクは国王で、キミは一介の冒険者だと、人は言うかも知れない。いや、人がなんと言おうと構わないけれど、キミ自身すら、ボクはキミのことをなにも知らないじゃないかと思っているかも知れない」

「だって……それは」

「でもね、そんなことは関係がないんだ。確かに、キミがこれまでにどんなことを経験してきたのか、それはボクには分からない。魔法使いじゃないからね」

 俺は、魔法使いだぜ。とか、茶化してる場合じゃねぇな。

「だけど、それは謂わば、後から身に纏った服みたいなものでしかないよ。そうじゃなくて、ボクが惹かれているのはね、マグナ、その服の下で息づいている、裸の、キミという存在そのものなんだ」

「……」

「だからね、マグナ。キミがどういう立場の何をしてきた人かなんてことは、キミがキミであることに比べれば、ボクにとってはそれほど重要じゃないんだよ。

 ボクは裸のキミそのものに惹かれているし、キミにも剥き出しのボクを感じて欲しいと願って、こうして気持ちを包み隠さずに話している」

「……」

「もちろん、キミの着ている服のことも知りたいけれどもね。それは、お互いにゆっくり分かり合っていけばいいことさ」

「……」

 黙したままのマグナが『女の顔』をしているように見えて——俺は何故か、ギクリとした。

 もちろん、見間違いに決まっているのだが。薄絹のせいで見え難いからな。

26.

「本当は、キミをカンダタのところなんかに行かせたくないよ。そんな危険なことは、させたくない。でもね、ボクの言葉など一片も信じてもらえずに、キミはふらりと立ち去ってしまうかも知れない。それが、いちばん怖ろしいんだ」

「それは……」

「だからね、ボクはあえてキミに頼むよ。折角こうして巡り会えたキミとの関係が、あっさりと途絶えてしまわないように。その意味では、卑怯者と謗られても仕方ないね。甘んじて受けよう」

 手前勝手な世迷言をほざきながら、ロランはマグナのおとがいに指をかけた。

「けれども、待つ身は辛いものさ。ボクの本気を少しでも分かってもらえたなら、キミが居ない間にボクが不安でおかしくなってしまわないように、縋ることのできる確かな証を、ほんの少しだけ与えておくれ……」

「えっ……」

 ロランは、マグナに顔を寄せる。

「目を閉じて、マグナ。キミは本当に素敵だ。他の誰とも違う、特別な……」

「い……やっ!!」

 ビクリ、とマグナがロランの胸の辺りを押し返すのが、はっきりと見えた。

 あれ?視界を覆ってた薄絹は、どこに行ったんだ?

「……ヴァイス?」

 マグナが、こちらを向いて呆然と呟いた。

 目をぱちくりとさせている。

 俺は——いつの間にやら、思わずベッドの陰から飛び出していた。

「ヴァ・イ・スぅ~~~……あんた、そんなとこで何やってんのよっ!!」

 ロランのかいなを乱暴に振り払い、マグナは俺を睨みつけた。よかった、いつものあいつだ。いや、よかったってなんだ。

「え~と、その、依頼をどうするのか相談に来たっていうか……」

「それが、なんで盗み聞きしてんのよっ!!隠れる必要ないじゃない!!」

「いや、俺もそう思うんだけどさ、なんか知らんが、体が勝手に動いたっていうか……」

「うるさい!!もう、いいから出てって!!二人とも、出てって!!」

 マグナの剣幕を目の当たりにしても、ロランは涼しい顔を崩さなかった。

「相談をしにきたというなら、丁度いい。出て行く前に、依頼の返事を聞かせてもらえないかな。それを聞くまでは、ボクはここから出ていくつもりはないよ」

「あ~もう、うるさーーーいっ!!分かったわよ!!受ければいいんでしょ、受ければ!!これでいい!?ほら、じゃあさっさと出てってよっ!!」

 ちょっ、おい、お前そんなやけっぱちな。

27.

 などと反論をする暇とてもなく。俺とロランは、マグナに押されるようにして、廊下まで追い出された。

 猛烈な勢いで、扉がバンと音を立てて閉じられる。

「やれやれ、折角人払いをしておいたのに、まさか君が潜んでいたとはね」

 ロランは、俺に目をやって肩を竦めた。この野郎、いけしゃあしゃあと。誰も控えてなかったのは、手前ぇの指示だったのかよ。

「それにしても、思った以上に抵抗されてしまったなぁ。特別という言葉がマズかったみたいだけれど、やっぱり彼女は、勇者としての自分を嫌っているのかい?」

 こいつ。

「どうりで、ここに来るまでに、それとなく話を振ってもはぐらかされる訳だね。だからこそ、あんな話の組み立てにしたんだけれど」

 分かってやってたのかよ。

「おや?まさか、彼女が勇者だということに、僕が気付いていないとでも?見損なってもらっては困るね。アリアハンにも、人はやっているよ。女の子の勇者が出立したという報告は受けているさ」

「だから……マグナが勇者と知ってたから、俺達を呼んだのか?」

「やっぱりそうか。確信はしていたけどね」

 あ、しまった。この野郎、カマかけやがったな。

「いやいや、君達を呼んだのは偶然だよ。君達が勇者様ご一行だということは、他の連中は気付いていない。特にマルクスなんかは、君達の第一印象が悪かったみたいでね。夢にも思ってないさ」

 そうだろうな。汚い連中とか言われた上に、マグナのあの態度じゃな。

「迂闊なことに、そんな何ヶ月も前の細かい報告のことは、僕もすっかり忘れていてね。幸い、今のロマリアは磐石だから、魔物の脅威も然程ではない。お陰で、誰もそんな報告はいちいち憶えていないと思うよ。僕以外はね。

 その僕にしても、実際に会うまでは想像もしていなかった。でも、ひと目見ただけで分かったよ。あんなコは、他にはいない」

 ロランは、また自信たっぷりに断言してみせた。

「君の仲間達は、君を除いてみんな興味深そうだが——」

 大きなお世話だ。

28.

「それでも、マグナは特別だよ。彼女の内面から溢れ出ているそれに、君は気付いていないのかい?彼女自身が望むと望まざると、アリアハンでもずいぶんと人々を惹きつけていた筈だよ。なぜなら、彼女は特別だからね」

 自分も特別だから分かる。とでも言いたげな口振りだな。

 悪いが、俺はそうは思わねぇ。あいつは、そんなんじゃねぇんだ。ただの、どこにでもいる普通の——

「あらぁ、こんなところにいらっしゃいましたの、お兄様」

 やや視線を落として歯噛みしていた俺は——なんで歯噛みなんかしてんだ、俺は——絡みつくような女の声に顔を上げた。

 やたらゴテゴテした立派なナリの神経質そうな男と並んで、バカみたいに凝ったびらびらしたドレスを纏った女が、大勢のメイド服を引き連れて立っていた。

 ロランが、国王として許されるギリギリの線に挑戦しているような軽装だったから、ことさらに二人の派手さが際立って映る。

「ずいぶんお探ししましたのよ、お兄様」

「ああ、それは済まないね、カデニア。私に何か用かい」

「伺いましたぞ、陛下!」

 神経質そうな男が、顔に似合わぬ野太い声を発した。

「やぁ、従兄弟殿。はて、なにを怒っているのかな」

「『はて、なにを』では御座いませんぞ!こともあろうに『金の冠』を、賊に奪われたそうですな!またそのような大事の折にまで、王としての責務をセネカに任せ切り、城下に戯れに参ったとか。陛下は国王としてのお立場を、一体どのように考えておられるのか!」

 ガミガミ言われて、ロランはうんざりとした顔を隠さなかった。

「ああ、ガリウス。そなたに話を通すのが遅れたのは謝るよ」

「そのような繰言を申しておるのではないのです!『金の冠』の奪還という大儀この上なき任を、アリアハンからやって来た下賎な冒険者風情に任せるお積もりとは、まさかまことではありますまいな!」

「あらぁ、ガリウスったら。そんな失礼な言い方ってないわ。アリアハンは素敵なところと伺いますもの。きっと、その方々も、心の美しい信ずるに足る人物に違いありませんわ。そうですわよねぇ、お兄様」

 全く心が篭もっていない、完璧な嫌味だ。

 ふわふわの羽毛が飾られた扇子で口元を隠し、カデニアとかいう高慢そうな女はニヤニヤとロランを眺めた。

29.

 ロランは、隠す様子もなく嘆息する。

「ああ、ガリウス。その通りだよ。ちょうど今、色良い返事をもらったところでね」

「何をお考えになっておるのですか!いやしくも大ロマリアをあずかる陛下のご判断とは、到底承服いたし兼ねますぞ!」

「その辺りのことは、マルクスにでも聞いておくれよ。私は彼らの進言を聞いて、最も適切だと思う判断を下したまでさ」

「ですから、そのご判断がどうかと申して上げておるのです!」

「もう決めたことだよ、ガリウス。そんなに私のやり方が気に食わないのなら、カデニアを娶ってそなたが国王になったらいいじゃないか、婚約者殿。私はいつでも、喜んで玉座を譲るよ」

「あらぁ、お兄様ったら。またそんなお戯れを。出来もしないことを、おっしゃるものではありませんわ」

「まったくですな。陛下も、お人が悪いにも程がありましょうぞ」

「なぜ出来ないと決め付けるんだい?父上にでも相談してみたらいいじゃないか」

「もぅ、何をおっしゃいますの、お兄様ったら。本当に仕様の無いお方。お兄様を玉座にお据えになった方こそ、他ならぬそのお父様じゃありませんの」

 なんだか良く分からないが、ロランにも色々あるらしい。

「お話になりませんな。気分がすぐれぬので、失礼させて戴く。下賎の者にお任せになるお戯れも宜しいが、もしも『金の冠』が戻らぬようであれば、陛下の責は決して軽くはないことを心しておくのですな!」

「あらぁ、お待ちになって、ガリウス。それでは失礼いたしますわ、お兄様」

 勝手に現れて難癖をつけておいて、逆にプリプリと怒りながらガリウスとやらは退場した。

 カデニアとかいう女も、いわくありげな流し目をロランにくれると、大量のメイド服を引き連れて後を追う。

 二人とも、俺のことなど道端の石ころほどにも気にかけていなかったようで、最後までこちらを見ようともしなかった。まぁ、ホントの王族ってのは、こんなモンかもな。ロランの方がおかしいんだ。

30.

「みっともないところを見せてしまったね」

 世界が違い過ぎて、いまいちピンと来ねぇから、まぁ気にすんな。

「こんな調子だから、ボクにはよき理解者が必要なのさ」

 ロランは肩を竦めた。

 確かに、国王ってのも色々大変なんだろう。それは、分からないでもないが——

 やっぱり、こいつはマグナとは違う。

 多分こいつは、口で言うほど国王としての自分を嫌っていない。ロラン自身の言い草じゃないが、俺はそう直感していた。

 コイツがやりたかった事というのは、おそらく国王としての立場無くしては、おいそれと成し得ないものばかりだろう。そして、コイツは自分でも、それを重々に承知しているのだ。

 権力財力だけは自由にしたいだなんて、まるでガキの我が侭だぜ。いくら王様とは言え、苦労や責任って名前の租税くらいは、きちんと納めていただきたいね。

 それが嫌なら全てを投げ打って、裸一貫でイチからやり直すべきだ。マグナが、そうしようとしてるみたいにな。

——ああ、でも、そういやあいつも、アリアハンでは勇者を利用してたっけか。けど、あいつはしたくてそうしてた訳じゃねぇからな。なんにしろコイツは、マグナとは似ても似つかねぇよ。

 それはともかく。

「悪いけどさ、さっき聞いちまった話も含めて、あんた、本気で言ってるのか?本気でマグナのことを——」

「もちろんだとも。それなりに修辞は凝らしたけれど、さっき彼女の前で口にした言葉に偽りはないよ。僕は、彼女に大変な興味を抱いている」

「けど、あいつはまだ、あんたから見りゃほんの子供だろ」

「子供?彼女が?」

 ロランは、薄く笑った。

「そんなこと、それこそ関係ないよ。大体それは、君がそう思い込みたいだけじゃないのかい?」

 なにを訳の分かんねぇことを。

「とにかく、僕は僕なりに本気だからね。だから、彼女の傍に、君のような男が居るのは面白くないな。悪いけど、ちょっとイジワルをさせてもらうよ」

 言い返す隙を与えず、ロランは軽く俺の肩を叩いて立ち去った。

 やれやれ、この展開は、一体なんだってんだ。

 なんか、ロマリアに来てからこっち、調子が狂いっぱなしな気がするぜ。

31.

 晩餐会の間中、マグナはずっとムスッとしていた。

 なんとか機嫌を取ろうと一方的に語りかけるロランの様子を、いい気味だと眺めていたら、マグナにギロリと睨まれた。そういや、俺も他人事じゃないんだった。

 マグナとシェラは、用意されたドレスを身に纏っていた。マグナが赤で、シェラが白だ。二人ともよく似合ってるし、シェラは嬉しそうだったが、マグナの方は仏頂面で台無しにしていた。

 俺も、柄にもなく立派な礼服に着替えている。はじめて着たぜ、こんなの。窮屈でしょうがねぇよ。

 リィナだけが、いつもと同じ格好で豪勢な料理をがっついていた。場からは極めて浮いてたが、なんか、ほっとさせられるぜ。

 ロクでもない情熱が小さな実を結んだのか、ロランの語りかけに最後の方はマグナも簡単な返事をするようになっていたが、それでも微妙な空気のまま晩餐が終わると、俺達はまた別々に部屋に案内された。

 前回と違う部屋に連れていかれたので、さっきのおばさんではなく、線の細い黒髪美人のメイド服にそれを告げると、「お部屋をお取替えするように申し付かっております」と返された。

 俺が通されたのは、マグナのそれとタメ張るくらいに上等な部屋だった。あの野郎、こんなことで俺が懐柔されるだなんぞと考えているとも思えないが。

「ご用の際には、いつでもお呼びください。夜通しこちらに控えさせていただきますので」

 なんてことを黒髪美人が言うもんだから、いつもの調子を取り戻そうとして下品な冗談を口にしたら、「お望みでしたら、夜伽のお相手も申し付かっております」と真顔で返された。

 頷きかけて、危うく踏み止まる。なるほど、イジワルってのはこれのことか。お相手してもらったら、自動的にマグナにそれが伝わるってな寸法だ。

 甘いぜ、ロラン。お前は、何か勘違いをしている。俺とマグナは、別にそういう間柄じゃないからな。俺が女関係であいつに遠慮する謂れなんか、何ひとつないんだぜ。

 と思ったんだが、なんていうか、そういう気分になれそうもなかったので、丁重にお断りした。おかしいな。俺は、据え膳を食わないような男じゃなかった筈なんだが。

 まんまとロランの思惑にハマってやるのが気に食わない。理由は、それしか考えられねぇな、うん。

32.

 扉の向こうで一晩中、凝っと美人が控えているかと思うと気になって、どうにも寝付けそうになかった。だって、ほっそりしてる割りに、出るトコは出てんだぜ。

 普段からあんな美人を見飽きてる癖に、あのアホも、なんでわざわざマグナみたいな子供に粉かけたのやら。タマには、毛色の違うおぼこ娘をつまみたくでもなったのかね。

 そっと扉を開けて覗いてみると——ホントに起きてやんの。

 今にも夜伽の相手をしてくれそうな雰囲気だったので、俺は慌てて、もう用は無いから眠ってくれるように言い置いて、アホみたいに豪華なベッドに身を投げつつ、やけくそ気味に目を瞑った。

 ちょっと——いや、かなり、もったいなかったかも知れない。

 

 翌日、一刻も早く『金の冠』を取り戻すように急かされた俺達の前に現れたのは——

「カザーブまで道案内をするように頼まれたの。よろしくね」

 スティアは、そう言って俺に片目を閉じてみせた。

 なるほど、あれで終わりじゃなかったって訳ね。思ったよりやるじゃねぇかよ、ロラン。

 まぁ別に、マグナの視線なんて気にならないけどね、いやホントに。

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