4. SO YOU WANNA BE A GANG STER
1.
「遅い!!」
客室の扉を開いた俺を、いきなり文句が出迎えた。
マグナと和解した——と言っていいのかどうか分からないが——その翌日。
さんざん街中を探し歩いてくたびれていたので、昨日は酒も飲まずに早々と眠った俺は、今朝も早くに目が覚めて、指定に遅れることなく宿屋を訪ねた筈なのだが。
俺が抗議するまでもなく、正午を知らせる教会の鐘の音が、計ったように遠くで響いた。
ほら、な?時間ぴったりじゃねぇか。
「……シェラなんか、とっくに来てたんだからね」
それでも言い募るマグナ。タマには自分の間違いを、素直に認めたらどうだ。
「おみやげは~」
ベッドの上で仰向けに寝転がって、顔だけこっちに向けながら、リィナが久し振りに会った親戚の子供のようなことを言った。
今日は、ちゃんと服を着ている。別に残念じゃねぇよ。サラシは巻いてないみたいだしな。服の上からでも、やっぱデケェ。
「ねぇよ、ンなもん」
「え~。シェラちゃんは、クッキーいっぱい持ってきてくれたのに~」
寝たままゴロゴロ転がって、ベッド脇のテーブルの上からクッキーを摘み取る。部屋に入った途端に漂った、甘ったるい匂いのモトは、それか。
「あ、でも、私も余ったのを持ってきただけですから」
済まなさそうに俺を見るシェラの台詞を聞き流し、リィナはパクリとクッキーを頬張る。
「自分で焼いたんだって。すごいよね~」
「そんな、普通ですよ」
「そうなの?ボク、お菓子なんて作ったことないよ」
「あたしは……タマに焼いたりしたわよ、クッキーくらい」
よく聴き取れなかったが、おそらくマグナはそう呟いた。とても小さな声で。
「すっごいおいしいよ、これ。はい、あげる」
指に挟んだクッキーを、リィナは手首のスナップだけで俺に放った。危ね。目の前に迫ったそれを、咄嗟に掌で受ける。
「あー。そのまま口開ければ、ちゃんと入ったのに」
アホか。喉の奥に当たってムセるわ。うん、確かにうめぇな。
「はいはい、食べ物をおもちゃにしない」
パンパンとマグナが手を打った。お母さんか。
「それじゃ、打ち合わせをはじめるわよ」
そう言って、マグナは幾重にも折りたたまれた大きな紙を、ベッドの上に広げはじめた。
2.
「お前、これ……」
城の見取り図じゃねぇか。どうやって手に入れたんだ。こんな重要な物、おいそれと城外の人間の手に渡るモンじゃねぇぞ。
そう言うと、マグナはなんでもないように答える。
「あたしが書いたのよ。王様に報告に行った時、お城の中で行けるところは全部回って憶えたから」
憶えたって、お前。そんな簡単に言うけどな——
「あたし、記憶力はいいのよ」
はぁ、そうですか。きっぱり言い切られて、なんだか反駁する気も失せてしまった。
そういえば、地下牢に俺達を案内した時も、全く迷う素振りを見せなかったな。よく考えたら、マグナも城に入ったのは、あの時で二回目か。どうやら、記憶力がいいのは定からしい。
「どうでもいいでしょ、そんなこと。じゃあ早速、シェラに首尾を報告してもらいましょうか。こっちに来て」
図面を広げたベッドの上で、マグナが手招きする。二つピッタリくっつけてあるので、そこそこ広い。というか、部屋の大半はベッドで占められているので、他に広げる場所がないのだ。
いつの間にか、リィナは邪魔にならないように、テーブルを挟んで置かれた椅子の片方に移動していた。
「あ、はい。えっと……見回りは二人一組で、一刻置きに朝まで交代でするそうです。大体、一周するのに半刻くらいかかるって聞きました」
「ふぅん。じゃあ、上手く避ければ、短くても半刻以上は時間がある訳ね。充分だわ。どういう経路で回ってるかは、分かった?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ、この見取り図の上で、指でなぞってみてくれる?」
「はい。えと、見回りの人の詰め所がここで……ここから、こう行って、ここでこっちに——」
シェラの説明を受けながら、マグナは図面に順路を書き込んでいく。
それを眺めつつ、ボリボリとクッキーを頬張るリィナ。余程気に入ったらしい。俺も、もう一ついただこう。
3.
入り口の近くに突っ立ったままだった俺は、ベッドの脇に回り込んで、テーブルからクッキーを摘み上げた。
口に運びながら何気なくマグナ達の方を見て、この立ち位置が非常によろしいことに気が付く。
マグナは折り目の入った赤いスカート、シェラは清楚な白のワンピースという差こそあるものの、両方とも膝上くらいの丈なので、むこうを向いて四つん這いになっていると、なんというか、その、見えそうで見えないギリギリ感が、とても大変素晴らしい。
いや、見えてねぇよ。見えちゃダメなんだ、逆に。特に約一名は。
着衣の裾からすらりと伸びる脚を遡っても、肝心なところが隠されて見えない。そこから先は想像で補うしかない、そのもどかしさがいいんじゃねぇか。
その上マグナは、黒い長靴下を履いている。上も下も隠されることで、腿だけ出ている素足がやけに白く見えて、より一層に扇情的だ。
それにしても、ガキには興味のない俺をして、何故この感覚は、こうも男心を鷲掴みにするのだろう。
体が動くのに合わせてわずかに揺れる裾が、ギリギリ加減をことさらに強調してやまない。
いっそのこと、無理矢理めくって中まで見てしまたい衝動に駆られるのを、懸命に我慢して堪えるこの感覚。
まだもうちょいイケる。そうだ、もう少し図面の上の方に手を伸ばすんだ。よーし、いいコだ。そのまま腰をさらに突き出せば、もっとギリギリ——いや待て、俺が視線を下げればいいんじゃないか?
椅子の位置を確認する為に素早く首を巡らせると、リィナが目だけ俺の方に向けて、にへらと笑っているのが視界に入った。共犯者の目つきだ。お前も見てたんかい。
って、ばっか、違ぇよ。俺はここまで歩いてきて疲れたから、椅子に座りたいだけだっての。大体、なんでお前はスカートじゃねぇんだ。今の両膝を立てた姿勢じゃ、ギリギリというか丸見えになっちまうが、それはそれでまた——いやだから、そういうんじゃなくて。
素知らぬ顔で、椅子に座るのを止めてやった。
つか、なにやってんだ、俺は。
4.
「ほい」
反省しつつも、ギリギリな眺めから目を逸らせずにいると、リィナが親指で弾いたクッキーが俺の口に当たり、ポトリと床に落ちる。
正にその時、シェラの説明が終わったようで、マグナは四つん這いを止めてベッドの上で座り直した。何かに気付いたように、こちらを振り向く。
「おいおい、リィナ。クッキーは、自分で取るからいいってば」
その視線を避けるように、俺は腰をかがめて床に落ちたクッキーを拾う。我ながら、口調がわざとらしい。
尻の下でスカートを押さえて、疑り深げに俺の様子を追うマグナ。その仕草でシェラも気付いたらしく、ぺたんと座った腿の間に両手を挟んで裾を押さえ、顔を赤くして俯いた。
結局、マグナは特に何も言及しないまま、シェラに向き直った。
「ありがと、よく調べたわね。すごいじゃない。もうちょっと時間がかかると思ってたんだけど」
危ねぇ。証拠不十分で、お咎めなしときた。お前、いい奴だな、リィナ。
「い、いえ……あ、はい。その、自分でもこっそり隠れて調べようとしたんですけど、全然できなくて。実は、仲良くなった人が、色々教えてくれたんです」
「あ、ちゃんと誰かと仲良くなったのね」
「はい。ペップさんていう若い男の人なんですけど、その人も割りと最近お城勤めになったそうなんです。慣れない苦労は良く分かるからって話かけてくれて、それで仲良くなりました。とっても親切で、私が聞いてないことまで、色々教えてくれるんですよ」
さもありなん。正体がバレない限り、シェラの前では大抵の男は親切な筈だ。
「これもペップさんに伺ったんですけど、見回りの他に、朝まで廊下にずっと立ってる見張りの人もいて、それは二人一組じゃなく一人だそうです。だから、この当番は淋しくて嫌いだって言ってました」
「当番ってことは、受け持ちを回してるのかしら」
「はい。今日はこの人がここの見張りで、この人とこの人は見回りで、この人は今日はお休み、とか毎日変わるそうです」
多過ぎる代名詞を補うように、シェラは身振り手振りを交えて説明した。
5.
「もしかして、見張りがどこに立ってるかとかも、全部分かる?」
「あ、はい。聞いてます。そんなに多くないです。えっと、ここと、それからここと——」
一生懸命、記憶を辿りつつ図面を指し示すシェラを見ながら、俺はぼけーっと考える。
『いつもは、どんな風に見回りしてるんですか?』
『見張りの時は、ここで一晩中立ってるんですか?大変ですね』
最近、お城で働くようになったメイドさんに、そんなことを聞かれたペップくんは、どう思っただろう。どこから見ても犯罪なんかとは無縁の、可憐な極めつきの美少女に、だ。
このコ、俺に興味があるんだろうか。夜中にこっそり、人目を忍んで会いに来てくれるつもりだろうか。
顔も知らないそいつの胸の高鳴りが容易に想像できて、俺の胸はちょっと痛んだ。
ごめんな、ペップくん。お前さん、ジツはまんまと弄ばれてるんだ。
でも、お前が懸想している美少女は、ただ指示に従ってるだけなんだ。恨むんなら、作戦を考えた勇者様の方にしてやってくれ。
「そのペップって人が、次に宝物庫の見張りに立つ日は分かる?」
「はい。え~と……」
シェラは頬に手を当てて考え込む。多分、ペップくんから聞いた持ち回りの予定を思い出しているのだろう。そんなことまで教えんなよ、ペップくん。何を期待してんのか、バレバレだぜ。
「……明後日ですね。一番近いのは」
「じゃあ、もうその日に決行しちゃいましょ。今日はただの中間報告のつもりだったんだけど、これだけ分かれば充分だわ。ホントによく調べてくれたわね、シェラ。毎日、ただ飲んだくれてた誰かさんとは大違い」
誉められて、シェラは嬉しそうな、だが微妙に複雑な顔をした。大量の酒瓶の話は、俺が来る前に伝わっていたらしい。
俺だって、好きで飲んだくれてた訳じゃねぇや。
6.
「シェラには当日、そのペップって人を誘い出して、見張りの場所から離してもらうから、そのつもりでね」
純情な男心を利用しようと言うマグナの表情に、悪びれたところは微塵もなかった。女は怖いよな、ペップくん。
「え、でも、どうやって……」
「それだけ仲良くなってれば、どうにでもなるわよ。ちょっとお話があるんです、とか言えばホイホイついてくるわ。男なんて、バカばっかりなんだから」
マグナはスカートの裾を押さえて、ちらと俺に目をくれた。まだ疑ってやがるな。
哀れな新米警備兵をどうやって引き留めておくか、マグナがシェラに吹き込んでいるのを横目に見ながら、俺は少々手持ち無沙汰だった。ずっと二人の間で会話が進んでるしな。
クッキー咀嚼機と化したリィナは、時折紅茶を口に運んでいればそれで満足そうだったが、俺はもう甘い物は充分だ。することもなく、部屋を見回すように視線を泳がせる。
「今日は、片付いてるじゃん」
無意識に呟いた俺は、ふと会話が途絶えたことに気がついた。
視線を感じて恐る恐るそちらを向くと、マグナが眉根を寄せて俺を睨んでいた。
「ちょっと……今、なんて言ったの?」
「え、いや、別に……」
「まさか、あんた昨日、ここに来たの?」
「うん、来たよー」
あっさり首肯するリィナ。いやいや、お前、空気読め。
「ちょっと、なんで入れたのよ!!あんな状態、見せないでよ!!」
「ごめん、気が付かなかったよ」
「ホントお願いよ……あんたも、女の子の部屋に、なに無遠慮に入ってんのよ。そこらをジロジロ見たんじゃないでしょうね!?」
いや、まぁ、転がってた下着なんかは見させてもらいましたがね。うへへ。
とか言う筈もなく。命は惜しいからな。
7.
「いや、別に俺は何も……」
俺の言い訳を待たず、マグナは勢い良くリィナに視線を飛ばした。
「ちょっと待って……まさか、リィナ、あのカッコのままじゃなかったでしょうね!?」
「あのカッコっていうか、マグナが出ていった時のままだよ。ねー?」
だから、知らねぇって。にへとか笑いながら俺を見るんじゃねぇ、この破廉恥娘が。
で、マグナに睨まれるのは、何故か俺なんだよな。世界は理不尽で満ちてるぜ。
「……信じらんない。あのね、こんなのでも、いちおう男なのよ?なにかあったらどうするのよ」
まぁ、一応でしかないこんな男が、力ずくでリィナをどうにかできるとは思えないのですが。
揚げ足を取るような俺の卑屈な言い分に、身も蓋もなく「そうそう」とリィナも同調したが、マグナは何が気に食わないのか、「そういう問題じゃないでしょ!?」と一層キレた。
そんなマグナを、安心させて落ち着かせようとしたんだろうが。
「大丈夫だよ。おっぱい見せようとしたけど、ちゃんと断られたし。ね?ヴァイスくん、大人だもんね」
ちょ、おまっ。
やっぱりお前は、いい奴なんかじゃねぇ。
「ふうぅ~ん……あたしがあんたの部屋の前でずうぅ~~~っと待ってた間、あんた達はそんなことしてたんだ?へえぇ~~~ぇえ」
ああ、怖い。怖いですから。その、嵐の前の静けさみたいな、地獄の底から響いてくるような低い声は止めてください。
この後、マグナは親の敵みたいに俺を睨み倒しながら、猛烈な勢いで延々と文句を喚き散らし、シェラは口を押さえて目を丸くするだけだし、リィナは他人事のような顔をしてクッキーを頬張るだけだし、嵐が収まるまでしばらくかかった。
しかも結局、スカートの中覗いてたでしょこの変態、とか罵られてやんの。
やっぱり、悪事は必ず露見するよな。だから、城に盗みに入るなんて馬鹿な真似も止めようぜ。
とは、とても言う勇気がなかった。
8.
そして、二日後。
マグナが考えた計画の中で、最も問題だったのは、城への侵入方法だった。
もちろん人目の多い昼間は避けて、決行は夜が深けてからだが、そんな時間に堂々と橋を渡って正門から入城する訳にはいかない。というか、泥棒に入ろうというのに、わざわざ門番の前を通る馬鹿はいない。
なので、城の周りをぐるりと囲むお堀をどうにか渡って忍び込む、という考えに自然と行き着く訳だが、マグマの提案したアイデアが、これまたふるっていた。
俺のヒャドで城濠の水を凍らせて橋を作り、その上を渡ろうというのだ。
アホか。荒唐無稽にも程があるわ。やくたいもない吟遊詩人の奏でる夢物語に影響され過ぎだっての。
まだ「普通に泳いで渡る」というリィナ案の方が、よほど現実的だ。マグナがそれを頑なに拒否したのは、あれはカナヅチだからだな、きっと。尤も、水が汚くて泳げたもんじゃないから、俺もこの案はお断りだ。
大体だな、お堀なんてモンは、そもそも侵入者を阻む為に存在してるんだ。当然、見張りもいるし、素人がそうホイホイ渡れてたまるか。
『じゃあ、どうするのよ。お城に忍び込めなきゃ、話が進まないじゃない』
ムクれるマグナに、俺は言ってやったものだ。
あのな、お前、自分が何者だか思い出せよ——
キィ、と蝶番の軋る音が聞こえた。
カーテン越しに微かに漏れる月明かりの他は、ほとんど真っ暗だった室内に、手持ちランプのぼんやりとした灯りがもたらされる。眩しい。
「今、見回りの人が出ていきました」
小さな声で囁いて、滑り込むように入室してきたのはシェラだった。
警備兵の詰め所にお茶を差し入れに行って、「自分の部屋」に戻ってきたのだ。
そう。俺達は今、住み込みで働く小間使いの為に、城内に用意された部屋の一室にいるのだ。
勇者であるマグナは、昼間ならば誰にも見咎められずに易々と入城できる。それは、バコタに話を聞きに来た折に証明済みだ。
ならば、素直に入れる時に入って、あとは夜までどこかで身を隠していればいいだけの話だ。城濠を渡る算段なんか、苦労して考える必要はねぇんだよ。
俺がそう言って聞かせると、マグナは拍子抜けした顔をした。
9.
あのな、説明された後では阿呆みたいに簡単な話に思えるだろうが、お前の案を実行してたら、間違いなく城に忍び込む前にとっ捕まってたぞ。つか、その前に入れもしないで、あっさり計画が頓挫してたっての。
素直に、この逆転の発想に驚けよな。リィナやシェラは、ちゃんと感心してたぞ。
念の為、午前中に立っていた門番が、夕方には交代していたのは、昨日の内に確認してある。
つまり、今日の午前中に入城した俺達を見かけた門番は、もしそれを覚えていたとしても、きっと夕方に帰ったのだろうと考える筈だ。
それでなくとも、マグナには勇者の肩書きがある。まさか勇者が泥棒を働く訳がない、という先入観も手伝って、実際にお縄を頂戴しない限り、俺達が疑われる可能性はほとんど無いだろう。
シェラがすんなり雇われたことから分かるように、現在、城の小間使いが人手不足だったのも、俺達には都合が良かった。人数が多い時は、この決して広くない部屋も相部屋になるそうだが、今はシェラだけに割り当てられている。
お陰で、部屋に忍び込む時だけ誰にも見られないように気をつければ、後はのんびり待っていられたという訳だ。やたら暇だったが、食物庫あたりで小さくなって身を隠すよりは万倍マシだった。
シェラにしても、他人と同室にならずに済んだのは、正体を隠す上で運が良かったと言うべきだろう。
「ほら、そろそろ起きて」
「ん~……あい」
マグナに腕を叩かれて、ベッドの上で身を起こしたリィナは、眠そうに目を擦る。こいつ、本気で眠ってたな。主が不在の部屋で物音を立てる訳にもいかず、寝るくらいしかすることがなかったとはいえ、図太い神経してやがる。
見回りに追いつかないように頃合を計って、俺達は泥棒の準備をはじめた。
顔に黒い布を巻きつけて、目と鼻だけ覗かせる。足には、底に厚手の布を重ねて音を吸収するようにした、お手製の黒い袋を履くという念の入れようだ。
最初から上下とも黒い服を身に着けていたので、全身すっかり黒づくめになった。
廊下に灯りのある箇所は限られているし、間隔も広い。充分に残された暗がりに身を潜めれば、黒づくめの俺達が発見される確率は非常に低い筈だ。
つか、こんな格好までしたんだから、そう願いたい。
「それじゃ、行くわよ」
マグナの小声の号令一下、俺達は忍び足で部屋を後にした。
10.
手持ちランプの光が届かない程度に距離を置いて、俺達はシェラの後をつける。
泥棒とはおよそかけ離れた面子のせいか、それとも冗談みたいな黒づくめの格好のせいか。ついさっきまでは、これから盗みを働くのだという現実感がまるでなく、むしろ馬鹿馬鹿しいという感想が先に立っていたのだが。
昏い廊下を音を立てないように歩く内に、さすがに少し緊張してきた。
が、しばらく続くと、元から緊張感が足りない所為か、その状態にも慣れてしまう。
ぼうとしたランプの灯が左右に揺れて、床にうねうねと影を描き出す。踊る影を従えて、暗闇に向かって歩く小柄なメイド服の後姿は、一定のリズムを刻む足音と相俟って、どこか非現実的な——幻想的な気分を俺の裡に湧き起こさせる。
いかんいかん。いくら冗談みたいでも、これは現実なのだ。下手を打って捕まれば、実際に牢屋に入れられてしまうのだ。
俺は頭をひとつ振ると、改めて周囲の様子と己の足運びに意識を集中し直した。
シェラの報告は正確だったようで、見回りの兵士に出くわすこともなく、俺達は唯一の難関に差し掛かった。
宝物庫に辿り着くまでに、どう迂回しても避けることができない見張りが一人だけいたのだ。
ここを切り抜けられるかどうかは、シェラの手腕に託されている。細くて頼りないが、他にいい方法を思いつけなかった。
「おい!」
充分予期していただろうに、鋭く呼び止められて、シェラがびくりと跳び上がったのが見えた。多分、泣きそうな顔をしてるに違いないが、俺達の命運がかかってるんだ。なんとか踏ん張ってくれ。
11.
「誰だ!そこで何をしている!?」
カツカツと足音を立てて近づいてきた年配の兵士の誰何は、急に猫なで声に変わった。
「ああ、なんだ君か。どうしたね。こんな時間に、うろうろしちゃいけないよ」
「え……あ、えと、その……」
頑張れ。頑張るんだ、シェラ。
「私……あの、ペップさんに、その……」
「ああ」
既にペップくんの懸想は城内の噂になっているのか、兵士のオヤジは全てを了解したように、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「そういうことか。あいつも、大した果報者だなぁ」
ニヤニヤしながら、顎などさすって無遠慮にシェラをジロジロと見る。
口篭もっている間にも、シェラは言いつけ通り、オヤジがこちらに背を向けるように、ジリジリと立ち位置を変え続ける。エラいぞ、もうちょいだ。
「まぁ……本来は、あまりよろしくないんだがな」
「……そうですよね。すみません」
上から下までねめまわすオヤジの視線を避けるように、シェラはなるべく自然な風を装いながら、残りを一息に回り込んだ。
「まぁ、若い二人の為だ。少しは目を瞑ってやらんでもないが……」
よし、行ける。
振り向いたリィナに、俺とマグナは小さく頷いてみせた。
リィナを先頭に、足音を忍ばせて、できる限り暗がりを選んで素早く移動する。
「あいつも仕事中だからね。あんまりヘンなことをして、長居しちゃイカンぞ」
「は、はい、分かりました。ありがとうございます」
「とは言え、あの小僧じゃ、いたしてもあっちゅう間か」
がっはっは、とか一応抑えた笑い声をあげる。なんつーことを言っとんだ、このオヤジ。
幸いシェラには言葉の意味が通じなかったようで、特に何も反応せず、オヤジの肩越しにちらりと俺達の方を確認した。オッケーだ。よくやったぜ。
「あの……それじゃ、失礼します」
脇を抜けて立ち去ろうとしたシェラの尻を、オヤジはポンと叩いた。
「ひぅっ!」
「おう、頑張ってこいよ」
なにを頑張るんだ。
ケツを触ったのを誤魔化す為の、何の意味もない掛け声から逃げるように、シェラは小走りにこちらに向かって駆けてきた。
12.
追い越す時に、泣きそうな顔を俺達に向ける。どことなく、目つきが恨みがましい。呼吸もかなり乱れていて、相当な緊張を強いられたと思しかった。
いやいや、お手柄だせ。
リィナにぐっと親指を立てられて、少し顔をほころばせたシェラと距離を置き、俺達はまたこそこそと後をつける。
間も無く、左に折れればすぐに宝物庫、という角までやってきた。
シェラの耳に顔を寄せて、マグナが布越しにくぐもった声で囁く。
「じゃあ、頼んだわよ」
「……はい」
心細そうな表情で、小さく頷くシェラ。
リィナも、口の辺りをもそもそ動かした。多分、頑張れとか何とか声に出さずに言ってるんだろうが、口も黒い布で隠してるから、伝わってないと思うぞ。
俺は、声をかける代わりに、軽く肩に手を置いた。健気に返された微笑みを目にして、俺は申し訳ない気分に囚われる。
こいつに頼り過ぎなんじゃねぇの、この作戦。
まぁ、言っても今更だし、今夜のキモはこれからだ。済まないけど、もうひと働き頼んだぜ。
13.
廊下の角に身を隠し、下から四つん這いのリィナ、身を屈めたマグナ、それに覆い被さるような体勢の俺という順で、こっそり顔を覗かせてシェラを見送る。
どうも体をピッタリとつけ過ぎたようで、マグナに肘打ちを食らった。狭いんだから、しょうがねぇだろうが。こんな状態で、別にあったけぇなとか柔らけぇなとか、いちいち考えてねぇっての。
おどおどしたシェラの足取りが、意図せず躊躇っているみたいな空気を醸し出していて、いい按配だ。雰囲気作りが肝心だからな、この作戦。
ほどなく、右手に折れる角の直前で、シェラは足を止めた。
すぐ横が、目的の宝物庫だ。
「誰だ?」
足音で察しをつけていたのだろう。問う声には、ある種の期待感が込められていた。
そのままシェラが動かずにいると、やがて角から兵士が姿を現した。
「あの……こんばんは」
「シェラさん……」
吃驚したように、シェラの名前を呼ぶ。どうやら噂のペップくんに間違いなさそうだ。
手持ちランプに照らされた、そこそこ育ちの良さそうな顔立ちは、かなり若く見える。せいぜいが、マグナよりひとつふたつ上くらいなモンじゃなかろうか。
シェラは黙って俯きながらエプロンをいじくり、ペップくんもなにやら頭を掻いたりして、しばらく無言のお見合い状態が続いた。
自分から声をかけるべきだと勇気を振り絞るように口を開け、結局何も言わずにまた閉じる、という行動を繰り返すペップくん。
シェラは言われたことをこなすだけで、頭が一杯の筈だ。今、モジモジしてるのだって、「向こうから喋らせてやるのよ」というマグナの言いつけを忠実に守って、沈黙が居心地悪いからに過ぎない。
お前が想像してることは、単なる錯覚なんだ。二重の意味で。
だから、そんな逡巡は無意味だっての。さっさと話を切り出しやがれ。だらしねぇな、このペップ野郎は。
14.
「……あの、ど、どうして、こんなところに?」
やっと声を出したと思ったら、どもってやんの。
「あ、はい。その……」
「い、いけませんよ、こんな時間に」
あ、弱ぇ。返事を待つのに耐え切れないで、誤魔化しやがった。
「……ごめんなさい」
「あ、いえ、別に咎めている訳では……その、こんな時間に、お一人じゃ危ないですから」
アホか。城の中なんて、これ以上安全な場所もないわ。
「それで……どうして、ここに?」
やっぱり、確認せずにはいられなかったらしい。
シェラは、ちらちらとペップくんを見上げながら、エプロンの裾をぎゅっと握った。
「その……お話ししたいことがあって……」
「ぼ、僕にですか?」
「……はい」
どうでもいいが、まるで何かを憚るようにペップくんが小声で喋るもんだから、シェラもつられて囁き声になって、聞き取り辛いことこの上ない。まぁ、別に会話を逐一耳に入れる必要はないんだが。
「な、なんで、こんな時間に、こんなところで?」
「その……他の人が居るところじゃ、話せないから」
シェラは一層下を向き、ペップくんはごくりと唾を飲み込んだ。
なんか、むず痒くなってきた。
「そ、それは、一体どういう——」
「あの」
シェラはペップくんの言葉を遮って、顔を上げた。
「は、はい」
「あの……よかったら、あちらの噴水のところでお話ししませんか?」
廊下の奥に、噴水があるのだ。さぁ、そこが周りを壁に囲まれていて、万が一誰かが来ても見つけられ難いことを思い出すんだ、ペップくん。
「いや、でも……自分は今、ここの見張りをしていますから」
ちっ、真面目な坊ちゃんだな。
「あの、ちょっとだけでいいんです。私、あの噴水の雰囲気がすごく好きで……あそこなら、上手にお話しできるかなって……」
咄嗟に考えたにしては、上手い流れだ。そうそう、こういう時、女の子には雰囲気が大切なんだぜ、ペップくん。
15.
「駄目……ですか?」
シェラは、上目遣いでペップくんを見た。俺の想像だと、計画が成功するか否かの瀬戸際なので、不安で瞳が潤んでいる筈だ。これは、断われないだろ。
「わ、分かりました。ちょっとだけなら……」
計画通りにコトが運んで、ほっとしたのだろう。シェラは顔を明るくして、ペップくんの手をとった。
「ありがとうございます!……あっ」
慌てて手を離すシェラ。そりゃ、ペップくんでなくても誤解するわ。
「そ、それでは、参りましょうか」
ぎこちなく促すペップくん。ありゃ、想像が確信に変わったな。せめて短い間だけでも、いい夢を見るがいい。
二人が連れ立って廊下の奥に消えるのを待って、しばらくしてからリィナがふーっと息を吐き出した。
「なんか、ドキドキしたね」
そうか?俺は、むず痒さを堪えるのと、心の中で突っ込みを入れるので忙しいだけだったが。
「……ほら、急ぐわよ」
特に何もコメントを残さず、リーダーは小声で号令を発した。
こそこそと忍び足で宝物庫に向かう。傍から見たら、さぞかし間抜けな光景なんだろうな、これ。
「頼んだわよ、リィナ」
「まっかせて」
隠しからバコタの錠前外しを取り出し、宝物庫の扉についている大きな南京錠を外しにかかる。扉の脇には燭台が据え付けられており、その上で蝋燭が燃えているので、手元はそれなりに明るい。
さすがに十とはいかなかったが、三十は数えない内に、ガチンと音がした。見事な腕前だ。こいつ、盗人としてもやっていけるのでは。
「へへ~。楽勝だね」
「ありがと、流石ね。それじゃ、入るわよ」
把手を握ったマグナが扉を押すと、ほとんど開けない内にガツンと何かに引っかかった。それ以上、動かない。
「え、なに?他に鍵なんて——」
いや、違う。これは、内側から閂かましてやがるんだ。って、ちょっと待て。内側からだと?
「何者だ!そこで何をしている!」
問う声は、扉の向こう側から聞こえてきた。つまり、宝物庫の中にも見張りがいたってことだ。
聞いてねぇよ。くそったれ、なんて念の入れようだ。
16.
「逃げるぞ!」
駄目だこりゃ、失敗だ。向こうが一枚上手だわ。捕まる訳にはいかねぇし、ここは逃げの一手だろ。
「こっち!」
元来た道とは正反対の方向に、リィナが誘導する。お前、そっちは例の噴水があるだけで、行き止まりの筈だぞ。
だが、シェラの回収もある。迷っている暇はなかった。
「おい、ペップ!何をやっている!?何が起こってるんだ!」
扉を開けて、わざわざ賊を招き入れては元も子もないという判断だろう。今のところ、追ってくるのは怒鳴り声だけだが、いつ宝物庫の中の兵士が出てくるか分からない。近くの見張りも、おいおい駆けつける筈だ。
俺はマグナと目を合わせて、リィナの後に続いた。相談してる時間なんてありゃしねぇ。
リィナの駆け足は、恐ろしく速かった。あっという間に俺達を引き離し、向こう側に噴水のある壁を回り込む。
「なんだ、きさ……っ」
ペップくんの呻き声が聞こえた。
「シェラちゃん、お願い」
追いついた俺達の脇を抜けて、リィナは行き止まりの壁の方に走る。
ぐったりと横たわっているペップを引き剥がすと、怯えたシェラが胸元で手を組み合わせてガタガタ震えていた。メイド服のボタンがいくつか取れていて、スカートの裾が乱れている。
俺はペップの頭を思い切り引っ叩いた。この野郎。坊ちゃんの癖して、いきなり襲いやがったな。これだから、女慣れしてない小僧は。
「大丈夫か?ほら、立てるか?」
手を差し伸べた俺ではなく、シェラはマグナにしがみついた。
まぁ、そうだよな。今のいまじゃ、男は怖いよな。でも、そんな怯えた目を向けられると、お兄さん傷ついちゃうな。
マグナは、シェラの頭を撫でながら抱き締める。
「うん、もう大丈夫よ。もう、怖くないから。こんなことさせちゃって、ごめんね」
一度でいいから、俺にもそんな風に優しく語りかけてみて欲しいもんだ。
「早く!こっちから逃げられるよ!」
リィナが壁の向こうで急かした。
「立てる?ごめんね、頑張ってくれたのに。失敗しちゃったの。早く逃げなきゃ」
「……はい」
マグナに寄りかかるようにして、シェラはよろよろと立ち上がった。今は手を出さない方がいいかとも思ったんだが、場合が場合だ。俺も横からシェラを支える。
ビクッと震えたが、振り払われはしなかった。
17.
できるだけ急いで声の方に向かうと、リィナが窓に向き合っているのが目に入った。
そうか、窓から逃げるつもりだったのか。でも、お前、そいつは嵌め殺しじゃないのか。
「ちょっと、リィナ!?」
「せぇの」
マグナの制止は間に合わず、リィナは手にしたデカい南京錠を思いっ切り窓に投げつけた。
派手な音がして、分厚い窓硝子が砕け散る。もう滅茶苦茶だ。
邪魔になりそうな硝子の破片を、窓枠からひょいひょい取り除いて、リィナは身軽に外に踊り出た。
「ガラスに気をつけてね」
そう言い捨てて、左手に走り去る。ここは確か、正門のすぐ近くだった筈だ。馬鹿、そっちには門番が詰めてる筈だぞ。
「なんだ!?何事だ!?」
「誰か、そこにいるのか……っ」
沸き起こった誰何の声はすぐに止み、代わりにドサリドサリと人が倒れる音がした。
俺達が窓から出た時には、すっかり全てが終わっていた。
「こっちこっち!」
城門の手前、その場で駆け足をしているリィナの足元には、兵士が二人転がっている。なんて手際の良さだ。どこの無法者ですか、あなたは。
「早く早く!」
呆気に取られていた俺達三人は、リィナの催促で我を取り戻した。そうだ、とにかく逃げなくては。まだかなり遠いが、宝物庫の辺りに警備兵が集まりつつある気配がする。
新たな衝撃が功を奏したのか、支えてやらなくてもシェラは自分で走れるようになっていた。
しかし、まさか堂々と——でもないが、橋を渡って城から出ることになるとはね。
あのままシェラの部屋に潜んだとしても、検分されてあっさり見つかっただろう。結果的には良かったのかも知れないが、無茶しやがるぜ、リィナのヤツ。
18.
とりあえず俺達は、城の東側にある教会の裏手の雑木林に身を隠した。この黒づくめの格好で街中に出ちゃ、却って目立っちまうからな。
リィナを除く三人は、ぜいぜいと荒く息を吐く。顔に巻いていた布は、息苦しかったので逃げる途中にはいだ。わき目もふらずに全力疾走してきたので、なかなか息が整わない。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……アハッ、ハァッ……アハハッハァッ」
膝に手をついたまま、マグナがいきなり笑い出した。
「アハハ、ハァッ、アハ、もう……ハァッ……滅茶苦茶しないでよ、リィナ」
アハハハハ、とマグナは笑い続けた。俺もつられて笑い出す。ホント、無茶苦茶だぜ。
「大丈夫。顔は隠してたんだし、バレてないよ」
そういう問題じゃねぇよ、この無法者。
「アハッ……ハァッ……まぁ、もういいわ……助かったんだし。逆にお礼を言わないとね」
まぁ、そりゃそうなんだけど。
「いや~、それにしても、見事に失敗しちゃったわね~」
マグナは、またアハハと笑った。
「まさか、宝物庫の中にまで見張りを置いとくなんて、どんだけケチだってのよ、あの王様!」
「これから……どうするんですか?」
まだへたり込んで辛そうにしながら、シェラが顔を上げて尋ねた。
「ん~……そうね。兵隊に見つかっても面倒だし……いいわ、このまま出発しちゃいましょ」
初めて目にするような、やたらスッキリした表情で、マグナは言った。
「出発って……旅にか?アリアハンを出るってことか?」
「そうよ。だって、もうここに用事ないもの。あれじゃ、さすがに諦めるしかないわ。明日から、警備はもっと厳しくなるでしょうしね」
宝物庫のお宝に、未練は全然無いように見えた。
いや、おそらく最初から、お宝自体に大した興味はなかったのだ。泥棒としては大失敗だったが、多分、成否の問題ではなく、マグナにとって今回の計画には、もうケリがついたのだ。
リィナの無法っぷりが、「一泡吹かせてやった」という感覚を、マグナに強く抱かせるのに一役買ったのかも知れない。
19.
「とりあえず、レーベの村を目指しましょ。どうせ、通り道だしね」
まぁ、コトが済んだらすぐに出発するのは、当初の予定通りではある。必要な荷物は全部フクロに入ってるし、宿屋も俺の部屋も既に引き払ってあるし、このまま旅に出ても特に支障は無い。
ただ、ひとつだけ気になることがある。俺は、未だにしゃがみ込んでいるシェラに視線を落とした。
「でもな。あんな騒動があって、すぐにシェラが居なくなったら、疑われやしねぇかな」
「あ、それは大丈夫」
心配そうなシェラを安心させるように、マグナはにこっと微笑んだ。
「城の人間にヒドいことされてショックだから辞めます、っていう書き置きを、シェラの部屋に残しておいたから」
お前、いつの間に。
「嘘で全然良かったんだけど、まさかホントになっちゃうなんてね。ごめんね、シェラ。怖かったよね」
マグナは跪いて、ぎゅっとシェラを抱きしめた。
「はい……あ、いえ」
「ありがと。今回は、よく頑張ってくれたわ」
最初はおずおずと、やがて力一杯、シェラはマグナを抱き締め返した。
流石に名指しはせずにボカして書いたらしいが、あの様子だと城の連中が真っ先に思い浮かべるのが誰なのかは、想像に難くない。
まぁ、嘘から出た真じゃなかったら、同情してやらないでもなかったんだが。
城内の話題は、しばらく泥棒未遂の件で持ち切りだろうし、貴族の子弟に悪戯されて心に傷を負った小間使いがひっそりと姿を消したことなど、その影に隠れてすぐに忘れ去られてしまうだろう。
その間だけでも、ペップの野郎が少しばかり針のムシロを味わうことになったとしても、今となっては自業自得にしか思えねぇな。
「さ、それじゃ急いで着替えて出発するわよ!あんたは、ず~~~っとあっちで着替えなさいよね」
マグナは手を伸ばして、森の奥の方を指す。へいへい、分かってますよ。
こうして俺達、勇者様ご一行は、夜逃げ同然にアリアハンを後にしたのだった。