2. Let's Go Crazy
1.
アリアハン城下を後にして、実際に冒険をはじめて分かったことがいくつかある。
まず、マグナは思っていたよりも使える。魔物との戦闘に関して、最初の内こそ手際が悪かったものの、すぐに要領を覚えて急所や弱点を的確に突くようになった。
前に言っていた母親の仕込みがよかったのもあるんだろうし、元々頭の回転も悪くないのだろう。時折、無鉄砲な行動を取るところが玉に瑕だが。
リィナは、言わずもがなだ。アリアハン周辺の魔物などまるで相手にならないようで、戦闘中も鼻歌交じりのお気楽さ。武闘家としてどのくらいの実力を持っているのか、魔法使いの俺では底が全く読めない。つか、今すぐバラモスを斃しに行けるんじゃないのか、こいつは。
問題は、シェラだった。
冒険者連中が言うところの、『フクロの中の薬草』を地で行っている。
つまり、肝心な時に役に立たない。
いつも隅っこの方で震えているので、戦闘中のサポートはハナから期待できない。戦闘終了後に、べそをかいて謝りながらホイミをかけるのが、見慣れた風景になってきた。
もっとも、シェラのお荷物具合を考慮してなお余りあるリィナの活躍のお陰で、俺達は滅多に怪我を負うこともなかったのだが。
そんな調子で、さしたる苦労もなく俺達が目指しているのは、アリアハン城の西方の入り江に浮かぶ、ナジミの塔だった。
2.
話は、数日前に遡る。
俺達は、盗賊の鍵を手に入れるというマグナの方針に従って、地下牢に囚われているバコタに話を聞く為に、アリアハン城へ向かった。
しかし、作った本人に聞くのが一番手っ取り早いという理屈は分からないでもないが、あまりにも短絡的過ぎやしないか。大体、城の中って、そんなにホイホイ入れるモンなのか?
俺の懸念も素知らぬ顔で、マグナは先頭切って巨大な城門に真っ直ぐ歩み寄る。
てっきり、脇に詰めた衛兵に誰何されると思ったのだが。
「これは、マグナ殿。アリアハンのお城へようこそ」
畏まって俺達を通してくれたのには、少々驚いた。
「なんの為に、あたしが苦労して勇者してきたと思ってんのよ」
得意げな口振りで、軽く肘打ちをされた。なるほど、アリアハン内で勇者として認知されておくのは、本心を隠す他にも、その方が何かと都合が良いという理由もあるらしい。
初めて足を踏み入れた城内の様子を、リィナやシェラは物珍しそうにきょろきょろと眺めていた。もちろん、俺もこれが初めてだったが、なんだかシャクに触るので、ぐっと我慢して何でもない顔をしてやった。
と、こっちを見るマグナの目が笑っていた。くそ、こんなガキに内心を見透かされるとは。
マグナの先導で、俺達は地下牢へ続く階段へと向かった。しかしまぁ、どこもかしこも豪華で見慣れない景色なので、いくつか角を折れただけで、自分が今どこに居るのかさっぱり分からなくなる。はぐれたら、いい歳して間違いなく迷子だな、これ。
気が付くと、それまでとは少々趣きの異なる、石壁が剥き出しの階段を、俺達は下りていた。
3.
看守は多少渋ったが、便宜を図るよう言い含められているようで、勇者様に強く出られると断わる訳にいかなかったのだろう、俺達は地下牢に入ることを許可された。
バコタが捕らえられているのは、右手に並ぶ鉄格子の一番奥だ。
「お……女だぁ……」
鉄格子の間から伸びた囚人の手に、マグナはちょっとビビったように後退り、リィナはぱしりとその手をはたく。
シェラはひぃと喉の奥で悲鳴をあげて、俺にしがみ付いてきた。人目がある場所では、シェラは常に短めのマントについたフードをすっぽり被っているのだが、ここでは特に取らない方が良さそうだ。
こんなジメジメと暗い地下の牢屋に閉じ込められて、毎日無骨な看守くらいしか見ていない野郎には、目の毒以外の何者でもない。こういう手合いには、男か女かはあんまり関係ねぇしな。
「ここね」
やや早足で一番奥の牢屋に辿り着き、マグナは手にしたランプを掲げた。
奥の壁際、だらしなく投げ出された足元を、灯りがぼんやり照らし出す。
「あんたが、バコタ?」
人影がもぞりと動き、長い間喋っていなかったせいか、喉にからまるような声が応じる。
「ぁ……誰だ?俺の女が、このザマを笑いに来たにしちゃ……ずいぶん若ぇな」
「誰があんたの女よっ!?」
思わず大きな声を出したマグナは、ちらりと入り口の看守の方を気にしてから、改めて声を顰めて尋ねる。
「鍵のことを聞きにきたの。あんたの鍵は、今、どこにあるの?」
おいおい、なんつー直截的な聞き方だ。
案の定、暗闇の中でバコタは喉を鳴らした。
「クク……いきなり現れて、何を訳の分かんねぇことを……」
バコタは幾度か咳払いをして、ペッと痰を牢屋の床に吐き出した。
「……俺の鍵?何のことだか良く分からねぇが、たとえ分かったところで、そいつをお前さんに教えて、この俺に何の得があるってんだ?」
「いいから、大人しく教え——っ!!」
俺は、背後からマグナの口を押さえた。モガモガ言ってるが、気にしない。お前は交渉が下手過ぎる。
4.
「突然、済まねぇな。でも、あんたも近々勇者が魔王退治に出るって話は聞いたことあるだろ。見ての通り、この人が、その勇者様なんだ」
ヒュゥ、と小さな口笛が石造りの牢屋内に反響した。
痛ぇ。俺の手を噛むんじゃねぇよ、マグナ。
「俺ぁまたてっきり、仮装大会でもやってんのかと思ったぜ……で?その勇者様が、見っとも無くとっ捕まった哀れなコソ泥に、一体何の御用で」
「謙遜すんなよ。有名なあんたのことは、よく知ってるぜ。あんだけ派手にやらかしたんだ。どうせ死罪なんだろ?」
「ハッ。手前ぇらの知ったことかよ」
バコタは自嘲気味に吐き捨てる。
「俺達に協力すれば、恩赦を王様に掛け合ってやるよ」
抗議の声をあげようとするマグナの口を、俺は必死に押さえる。うるせぇ、黙ってろ。
「信じられねぇか?だが、勇者の魔王退治は、多分あんたが考えてるよりずっと、今のこの国にとっては重要な案件でね。お陰で俺達には、かなりの権限が与えられてるんだ」
まぁ、実際はどうだか知らないが。
「その証拠に、今もこうして立ち入り禁止の地下牢に、あんたに会いに来られてるだろ?その勇者様の役に立ったとなりゃ、特赦は無理でも減刑は決して不可能じゃないと思うぜ」
「……ちっ、何か勘違いしてやがるな。この俺様が、刑の執行まで、こんなところで大人しくしてると思ってやがんのか?」
「ふぅん。脱獄するから、俺達の世話は必要ないって訳か」
バコタは、答えなかった。
「……分かったよ。大泥棒と名高いあんただ。そいつは可能なんだろう。それじゃ、俺達は減刑を掛け合う代わりに、バコタが脱獄を企ててるから、見張りを増やした方がいいですよって忠告することにするわ」
俺は、腕の中で暴れるマグナを引き摺って、鉄格子の前から立ち去ろうとしてみせる。
「じゃあな。あんたがまた、お天道様を仰げるように、祈ってるぜ」
製作者であるバコタにとって、また作ればいいだけの鍵が、それほど重要な物とは思えない。この程度の揺さぶりで充分と踏んだのだが。
果たして、バコタの忌々しげな声が、俺達を引き止めた。
5.
「ちっ……わぁったよ。何に使うか知らねぇが、ンな大層なモンでもねぇ。くれてやるよ……くれてやるっつっても、俺が持ってる訳じゃねぇがな」
「どこにあるの!?」
緩めた俺の手を、マグナが乱暴に払い除ける。そんな怖い目して睨むなよ。上手くいっただろ?
「ナジミの塔のてっぺんに住んでる、物好きなじじぃが持ってるよ」
「ナジミの塔?あんなところに、人が住んでるの?」
「ああ。珍しいお宝をしこたま溜め込んでるって聞いて忍び込んだんだが、逆にとっ捕まって七つ道具まで奪われちまった。みっともねぇ話だが、一筋縄じゃいかねぇじじぃだぜ。せいぜい気をつけな」
「フン。泥棒と一緒にしないでよ」
話は終わったというように、マグナは俺達を促して入り口に引き返す。
「邪魔したな。ここを出たら、ウマい飯でも食ってくれ」
俺は、1ゴールドを牢屋の中に指で弾いた。
王様に減刑を頼み込むなんて話、ハナからコイツも信じちゃいないだろうが、せめてもの礼の代わりだ。
6.
そんな訳で、俺達は今、ナジミの塔を登っている。
かつての大航海時代には灯台として活躍したこの塔も、バラモスの登場と共に海に強力な魔物が出没するようになって以来、すっかり船の往来が途絶えてからは、単なる魔物の巣窟に成り果てている。
ナジミの塔の周辺は——バコタに聞いた爺さんは別にして——人が居住しておらず、立ち寄る冒険者も少ないので、比較的まだ魔物が数多い。
故に、腕に覚えのあるパーティにとっては、ここに辿り着くまでの海底洞窟を含めて絶好の狩場になっていたりするのだが。
「ごめんなさい、無理です無理です、ごめんなさいごめんなさい」
しゃがみ込んでゴメンナサイを繰り返すシェラに、俺は途方に暮れて溜息を吐く。
もう何年も人の手が入っていないナジミの塔の内部は、それこそ荒れ放題だった。何階か登ると、俺達は崩れた壁に行く手を塞がれた。
「こっち、行けそうだよ~」
リィナの言う通り、崩れた壁を抜けて、塔の外側に張り出した足場を伝って回り込めそうだった。ひょいひょい渡っていくリィナに続いて、マグナもおっかなびっくり足を踏み出したが、確かにシェラには少々酷な道かも知れない。
十分に人が通れる幅こそあるものの、手摺りもなにも無いのだ。ちょっと身を乗り出しただけで、遥か下の方に地面が覗ける。俺としても、こんなところを渡るのは、できれば御免被りたい。
その上、大鴉やら人面蝶やらが空を飛んで襲ってくるのだ。狭い足場でとんぼを切りつつ渡り合っているリィナは、頭のネジが何本か外れてるんじゃないのか、アレ。
「ほら、しっかりしなさい!お——その……冒険者でしょ!」
しゃがみ込んだまま一向にその場を動こうとしないシェラを、マグナが叱咤する。
へっぴり腰で、剣を魔物に向かってちょこちょこ突き出しながら言っても、あんまり説得力はないけどな。
7.
どうにかこうにか宥めすかしたはいいものの、ぎゅっと目を瞑ったシェラに思い切り抱きつかれて、上手く歩けず一緒に落っこちそうになったりしながら、俺達はなんとか、あと少しで塔の天辺というところまで辿り着いた。
その辺に落ちていた材料を使って組んだと思しい、手作り感丸出しの梯子が、天井に開いた穴にかかっている。
あの後も、道なき道を何回か渡ってきたことを考えると、目的も無くこんなところまで登った冒険者がそうはいるとも思えない。狩りをするだけなら、下の階で充分だしな。
つまり、目の前の梯子は、この上に住んでる何者か——もしくは、あのバコタが作ったと考えて良さそうだ。
二、三度足をかけただけで梯子を昇り切ったリィナが、穴から顔を覗かせる。
「誰もいないよ~。なんか、倉庫みたい?ヘンなのが、いっぱい置いてあるよ」
バコタの言ってた、爺さんのお宝か?
俺がぼけーっと上を向いていると、いきなりマグナにドンと背中を押された。
「早く昇んなさいよ」
なんなんだ。ずっと、リィナ、マグナ、シェラ、俺の順番で来てたじゃねぇか。
「いいから!」
ははぁ、なるほど。スカート穿いてる訳でもあるまいし、下からじっくり尻を仰ぎ見られるのが、そんなに嫌なモンかねぇ。
とは言わず、俺は大人しくリーダーの命令に従った。まぁ、あれで年頃の女の子だもんな、いちおう。
リィナの言葉通り、梯子を昇った部屋には、なんだかよく分からないモノがところ狭しと乱雑に積まれていた。埃まみれだが、ところによって最近ズラしたような跡がある。どうやら、人が住んでいるのは間違いなさそうだ。
「あれ、宝箱じゃない?」
最後に昇ってきたマグナが、部屋の隅に置かれたそれを目敏く発見する。
「鍵はかかってないみたいね……何が入ってるか、気にならない?」
「え、でも、ここのお爺さんの物じゃ……」
「いいのよ。こんなに苦労して来てあげたんだから、少しくらいご褒美がなきゃ割りに合わないもの」
シェラの制止も聞かず、宝箱に手をかけるマグナ。いや、お前、それはちょっと無防備過ぎ——
止めようとした時には、もう遅かった。
開くと同時に、ボフン、とか音がして、宝箱は大量の粉塵を撒き散らす。
「離れろ!」
袖で口を押さえながら叫ぶ。きらきらと極彩色に光る粉——それは、毒蛾の粉だった。
8.
「息止めろ!吸うな!」
なんて言葉が間に合う筈もなく。
慌てて跳び退いたシェラを支えきれず、俺はそのまま押し倒された。痛ぇ。
下から抱き締められるような格好で俯いたシェラは、ややあってゆっくりと顔をこちらに向けた。
フードがはだけて、顔にかかった淡い金髪の隙間から、潤んだ瞳を俺に向ける。
「また……ごめんなさい」
なんか、いきなりすんごい落ち込んでるんですけど。つか、顔近い顔近い。
「ご迷惑かけてばっかりで……私のこと、呆れてますよね」
そんな悲しそうな顔されて、はいそうですなんて言えるか。
「もう……嫌いになっちゃいましたよね?」
うわ馬鹿そんな上目遣いで見んな早くどけ。
「別にそんなことねぇって……ウヒ」
あ、ヤバい。俺も吸い込んでるわ、これ……ウハハ。
さすが戦闘中に使うだけあって効き早ぇウヒ言ってる場合かウヒハでもなんか魔物にくらった時と違うようなウヒあーもうよく分かんねぇ。
「キャハホントですかぁ!?嬉しいですぅっウフフ」
ウヒャいきなりハイんなって頬すりすりすんな柔っけぇな目ぇ回ってきた首にしがみ付くんじゃねぇ顔近い顔近いってウヒヒ。
「ちょっとぉ、あんたたちなにやってんのよぉ、アハハいやらしい」
うわヒヒヒお前もいきなり顔近ぇってウヒャそんなマジマジ覗きこむな。
「なぁによぉ、アハハいっつもシェラばっかり気にしちゃってぇ……やっぱりアハあんたそっちなんじゃないのぉアハハ」
そっちってなんだバカウヒこれは捨てられた子猫が死んじゃうからミルクやんなきゃウヒヒヒ。
「アハハなによぅあたしだって結構可愛いってアハよく言われるんだからねこのバカアハハバカバカバカアハハハハ」
うぐげふやめろバカ横腹殴んなてめ俺は鎧もなんもねぇんだぞうぐはゴホゲハ。
「だめぇっキャハハやめてくだいさいマグナさんヒドいことしないでウフフフフフ」
「アハハうるさいわねあんた達さっさと離れなさいよアハハいつまで抱き合ってんのよアハハハハ引っぺがすわよ」
ウハハバカお前マグナなに剣抜いてんだやめろバカウヒあ~ヤバい危機感全然ウヒッねぇよウヒャヒャあれナニいきなりウヒヒぐたっとしてんだシェラもかよウヒヒ額に手当ててなにしようってはぐふ。
俺の意識は、いきなりそこで途絶えた。
9.
「……ぅむ」
くぐもった声が、耳の奥を振るわせる。
それが、自分の声だと気付くまで、しばらくかかった。
「おお、目が覚めおったか」
皺枯れた声のした方を見ようとして、俺はくらりと目眩を覚える。
気分悪ぃ。二日酔い……じゃねぇが、すげぇ憂鬱な気分だ。
ようやく身を起こすと、重厚な書斎机の向こうに爺さんが座っているのが見えた。その手前で、リィナが直接机に腰掛けて、なにやら一心不乱にいじくっている。
「……ふぁっ」
横を見ると、マグナがびくんと身を起こし、口元を手で押さえていた。反対側では、床に身を横たえたシェラがうぅ……とかうめきながら、力なく目をしばたたいている。
ここがどこで、自分が何をしていたのか、頭がぼんやりして考えがまとまらない。
「すまんのぅ。バコタとやらに開けられてから、鍵をかけるの忘れとったわ」
バコタ?なんか聞き覚えがある。バコタ——鍵——ナジミの塔——ああ。
ガチン、と音がして、手にした南京錠をリィナが爺さんに見せているのが目に入った。
「ホントだ、開いたよ!へぇ、面白いねぇ」
「随分時間がかかったのぅ。バコタとやらは、一瞬で解いてみせたモンじゃが」
「やり方教わった癖に、できなかった爺ちゃんに言われたくないよ——あ、おはよう!」
「お、おう」
やれやれ、思い出した。ここはナジミの塔で、あそこにいるのが塔の天辺に住んでるっていう変わり者の爺さんだ。
俺達が居るのは、さっきの倉庫じゃなかった。多分、書斎だろう。分厚い書物が詰まった本棚が、壁際にズラリと並んでいる。
「三人とも目が覚めたようじゃな。それにしても、盗人用の罠に引っかかるとは、少々意外じゃったわい」
そう、マグナの阿呆が考え無しに宝箱を開けたお陰で、トラップに引っかかって……その後のことは、よく思い出せない。
「あれは、その昔に頼まれて、毒蛾の粉を基本に自白剤を作ろうと儂が調合したものじゃが、妙に向精神効果まで強まってしまってな。失敗作じゃ。世に出す訳にもいかんで、ああして罠に仕込んでおいたんじゃが……なに、後遺症はないじゃろ。多分の」
爺さんが調合したのかよ。どうりで、魔物のそれとはちょっと違うと思ったが……ホントに後遺症とか大丈夫なんだろうな。
10.
「お主が、勇者じゃな?」
気だるげに立ち上がったマグナに、爺さんが問いかける。
「お主が今日、ここを訪れることは、分かっておった」
なんだと?
俺は、へたり込んだシェラに手を貸して立たせてやりながら、マグナと爺さんを見比べた。
「どういうこと……ですか?」
「お主が欲しておるのは、儂がバコタから譲り受けた、この錠前外しじゃろ」
リィナが、手にした針金と、先に返しのついたアイスピックのような物をこちらに見せる。エラく想像と違うが、あれがバコタの鍵なのか。
「譲り受けたというか、捕らえたついでに取り上げたんじゃがな。どうも、珍しい物には目がないでいかん。とはいえ、儂にはどうやら扱えんでな。持っていくがよい。盗人の道具としては、なかなか画期的な発明じゃで、役に立つこともあろう」
「なんで知ってるの?」
マグナは、少し蒼褪めていた。
「ほっ?」
「なんで、あたしが今日ここに来るって知ってたの?なんで、あたしがバコタの鍵を欲しがってるって知ってるの?」
「お告げがの、あったんじゃよ」
ビクリ、とマグナが震えたように見えた。
「今日、ここを訪れるお主に、バコタの鍵を渡せというお告げがの」
「どんな!?その……誰が告げたの!?」
マグナは爺さんに詰め寄る。
自分の行動が予見されていたというのだ。そりゃ、ちょっとは薄気味悪いだろうが——なんだ?それだけじゃない、この切羽詰ったようなマグナの態度は?
「誰と言われてものぅ……あれは、確か女の声じゃった。それ以上のことは、夢うつつでよう分からんが……」
爺さんは、思い起こすように目を瞑る。
「儂も、こんなことは初めてで、最初はただの夢かとも思ったんじゃが、妙に確信めいたものがあってのぅ。実際にこうしてみれば、それは間違いではなかったという訳じゃ」
「……そう」
毒蛾の粉の影響が、まだ残っているせいばかりではないだろう。
視線を落として呟いたマグナは、目的だったバコタの鍵を手に入れて喜ぶどころか、この上なく不機嫌に俺の目に映った。